第4節(2)
亜鈴の案内に従って、燈子は白崎家の屋敷へと足を踏み入れた。
白崎家の屋敷は、天帝が座す『天主府』の寝殿造りや士族屋敷として主流の書院造りとは些か趣を異にする建築様式で建てられていた。
入り口である正面には扉に類するものが一切なく、代わりに建物を支えるための太い木柱が等間隔で設えられており、風通しの良い吹き抜けとなっていた。柱は二人の大人が両腕で輪を作ったくらいの太さがあり、柱同士の間隔もまた大人二人が悠々と並んで通れるくらいの余裕がある。
そして何より目を引くのは、二百畳はありそうな、屋敷の敷居を全て取り払ったかのような板敷きの大広間と、その広間の奥半分を煌々と占める、これまた燈子が見たことのない銅像やら石碑やら装飾品やらの数々。そこは亜鈴達の出で立ちとはまた別方向での異彩さを放っていた。
「奥にあるあれらは一体何なのでしょうか?」
大広間の中に入って、燈子は真っ先に目に付いた疑問を亜鈴へとぶつけた。
「あれは死者の安寧なる眠りを願って作られたものです。ここ零幻島は、天神国で死した魂が集まり、世界の根源へと旅立つための門の役割を果たしている場所。私達一族はその門を守り、彷徨える魂を正しく還す役目を負っています。故に白崎家は、死者に仕える墓守の一族なのです」
亜鈴はごく自然な語り口でそう説明してくれた。そして彼女の説明は期せずして、燈子が零幻島を訪れた当初に抱いた疑問への解答にもなっていた。
——白崎家の当主は領民のいないこの島を、一体どんな思いで統治しているのか。
どうやらその疑問は発端からして的を外していたようだ。なぜなら従える対象に生者と死者の違いがあるだけで、この島には治めるべき領民が確と存在しているのだから。白崎家は死者を統べる一族。故に領地運営において自然豊かな土地も生きた命も必要なく、死した魂が安らげる場所さえあればそれだけで事足りる。そう考えれば、この島は治めるべき土地として一つの瑕疵もなく成立している。
だからこそ歴代の白崎家の当主達は零幻島という鎮魂の場所のみを自らの領地とし、それ以外を必要としなかった。名士に名を連ねる強い力がありながらも本土の情勢にまるで興味を示さなかったのも当然の話だ、と燈子は納得感を得ていた。
「さて、それでは屋敷の中へとご案内致します。当家の屋敷は非常に入り組んだ造りとなっておりますので、はぐれないよう、しっかりと着いて来て下さい」
燈子は亜鈴の言い回しに妙な違和感を覚えた。
「屋敷の中へ、と仰いますが、此処は既に屋敷の中ではありませんか?」
「ああ、初めていらっしゃる方であれば勘違いしてしまうのも無理はありませんね。この地上の建物はあくまでガワ、屋敷を覆う蓋のようなものです。着いて来て下さい」
亜鈴はそう言うと大広間の左側の壁へと近付いて行き、その場で詠唱を一言口にする。すると壁の一部が横へと動き出し、その先では殺風景な六畳程の小さな部屋が顔を覗かせていた。部屋には地下へと続く階段が洞のように暗い穴を開けていた。
燈子が驚きで唖然とする中、亜鈴は振り返って、やはり表情一つ動かすことなく淡々と歓待の言葉を口にする。
「改めまして、ようこそ白崎家へ。心より歓迎申し上げます、緑川燈子様」
先程の死者の話に亜鈴達の奇抜な風貌も相まって、燈子にはそれが冥府への誘い文句のように聞こえた。
※ ※ ※ ※ ※
白崎家の屋敷の地下は、地上の木造建築物とは異なり全てが石で作られた空間だった。石で作られた、というよりは島の地下を蟻の巣のようにくり抜いた、という表現の方が正しいだろうか。それ程に地下の空間は広く、また迷宮の如く複雑に入り組んでいた。実際、地下に足を踏み入れてからの十五分という時間の中で、既に二回の下り階段、十数回の四つ角・三叉路を経由していた。白崎家の屋敷に初めて足を踏み入れた燈子がこの時点で単身での地上脱出を諦めていることを鑑みれば、その複雑さが分かるだろう。その複雑さと広大さを体感した後であれば、地上の建物はあくまでガワ、と言っていた亜鈴の言葉に何の違和感も抱くことはなかった。
亜鈴の後ろに付いて入り組んだ地下迷宮を歩きながら、そう言えばと燈子は今更ながらに疑問に思った。終始先導をしてくれている白崎家の当主は、盲目ながらに健常者と変わらぬ足取りを続けているな、と。何かに躓く様子も、壁にぶつかる危うさも無く、地下空間に入った後も道に迷う気配すら全く見せない。
島と屋敷の構造を全て把握しきっているが故の神業か、それとも盲目であるが故に視覚以外で周囲の状況を把握する術を持っているのか。この短い関わり合いだけでは真相を計ることは出来ないが、目の前の少女についても、この島のことについても、まだまだ自分が知らないことばかりだと燈子は改めて認識した。もし機会があったなら、目の前の少女に色々と質問してみようと、燈子は内心で思うのだった。
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