第4節(1)
白崎家は、士族の中でもとりわけ謎に包まれた一族である。
扱う呪術の属性も、一族としての陣容の大きさも全てが謎。
治める土地が本土から遠く離れた離島という物理的な問題など理由は複数存在するが、中でも白崎家を謎たらしめている最大の理由は、彼らが極度の秘密主義であるからだと言われている。
彼の一族は余程のことがない限りは公の場に姿を見せず、また天神国本土での利権争いにも対岸の火事の如くまるで興味を示さない。千年以上も名士の一角に名を連ねている点から呪術師の集団として極めて優秀であることだけは間違いないと言われているが、それ以外については何も知られていない。
得体の知れない一族というのは本土の士族達にとってはそれだけで不気味な存在である。しかし白崎家がこちらの事情に介入して来ない以上、本土側の士族達も不必要に事を荒立てるようなことはせず、次第に彼の一族は天神国において独立不可侵に似た例外的な立ち位置を獲得していった。実際のところは、名士を相手に戦を仕掛けて手に入るのがあんな寂れた島一つだけというのはあまりにも旨味がなさ過ぎる、というのが本土士族達の本音であったのだが。
結果として、現在の天神国においては「呪術の探究以外に意義を見出さない陰気な一族」というのが士族の間に流れる白崎家に対する共通認識となっていた。
※ ※ ※ ※ ※
緑川燈子が白崎家の面々と顔を合わせたのは、彼女が零幻島の中心部、砂浜から遠目に見えていた屋敷の前に辿り着いた時だった。
「遠路はるばる、よくお越し下さいました。私はここ零幻島の管理を務める白崎家の当主、白崎亜鈴しらさきあれいと申します」
屋敷の前では白崎亜鈴と名乗った少女と、少女の従者であろう四人の女性達が燈子を歓迎するように待ち構えていた。
燈子が白崎家の面々を見て初めに抱いた感情は不気味さを端緒とする警戒心だった。
燈子自身、自分がわざわざ出迎えてもらっている立場であることは理解している。しかし理解はしていても、反射的に湧き上がって来る気持ちを抑えることは出来なかった。それ程に、彼女達の出で立ちは文化圏の違いすら感じさせる異様さを孕んでいた。
彼女達が身に着けているのは、喪服を連想させる深い黒色で統一された、外套着とでも呼ぶべき服だった。それは天神国において主流となっている着物とは趣を異にするもので、燈子が目にするのはこれがもちろん初めてである。
加えて白崎家当主の後ろに控える四人の従者に至っては、目元以外の頭部を黒布で纏っているためその内を窺うことは出来ず、全体的な不気味さを厭増している。その統一された風貌からは四人全員が同一人物であるかのように感じられ、人というよりも作り物の人形じみた印象を受ける。
「長旅でさぞお疲れでしょう。時節柄大したおもてなしは出来ませんが、本日はゆっくりと当屋敷でおくつろぎ下さい」
燈子が警戒心を滲ませる中、零幻島の領主、白崎亜鈴は燈子の心中など気にせず、というより気付いていない様子で、雲雀ひばりが囀るような高く澄み渡る声音で話を続けている。従者達の風貌も異様であるが、燈子は白崎家の当主に対してはまた別の意味合いでの異様さを感じていた。
腰元まで伸びるは、これまた初めて目にする色素が抜け落ちたような純白の髪。盲目のためだろうか、目元には服と同じ漆黒の包帯が三重に巻かれている。そして、身長一六二センチの燈子をしても見下ろす程の、小柄な体躯。
そして服装や容姿もさることながら、燈子が白崎亜鈴に対して感じた異様さの中でも最たるもの、それは当主としては若すぎる外見にあった。
天神国の士族において、一族の当主となるのは三十歳前後が通例であり、どんなに早くても家督の継承が為されるのは二十代中頃である。
しかし、眼前の白崎家当主の背丈は一四〇センチ半ば程しかない。どんなに年嵩に見積もっても燈子より年下なのは間違いなく、おそらく成人年齢である十五歳にすら届いていないだろう。先代当主が早逝したか、若くして家督を相続するのが一族の慣例なのか、もしくは童女体型で実際の年齢はもっと上なのか。理由は定かでないが、何かしらの事情を抱えていることは確かであると言えた。
——それに、彼女の内から感じるこの呪力量は……。
「……川様、緑川様」
名前を呼ばれて、燈子は意識を現実に引き戻された。どうやら思考の海に没頭し過ぎて、気付かぬ内に目の前の少女の言葉を無視し続けてしまっていたらしい。
「大変失礼致しました、白崎様。いきなりの御無礼、お許し下さい」
燈子はすぐに頭を下げて謝罪をした。形ばかりとはいえ当主の名代として来ている以上、自身の不手際で家の風聞を落とす訳にはいかない。普段から気に食わない叔父や家臣共の風聞が落ちる分には一向に構わないと思っている燈子であるが、緑川家そのものに悪影響を及ぼすことは彼女自身も望むところではない。
「構いません。旅の疲れが溜まっているのでしょう。すぐに屋敷へとご案内致します」
「御好意、感謝致します」
亜鈴は自身の話を上の空で聞き流されたことを特に気にした様子もなく、表情ひとつ動かさずに淡々と受け答えを返すと屋敷の方へと足を進め始めた。燈子も亜鈴の後ろに付いて行き、さらに後方を従者達が随伴して来る。
しかし数歩歩いた所で亜鈴は何かを思い出したように急に足を止め、燈子の方を振り返った。
「申し訳ございません。私の方こそ大変な失礼を。まだ、緑川様のお名前をお伺いしておりませんでした」
申し訳ないと言いつつ表情は一切変えないまま、亜鈴は高く澄んだ声で淡々と燈子への謝罪を口にする。
燈子の方も亜鈴から指摘されて、まだ自分が名乗っていないことを思い出した。
「私の方こそ重ねて失礼致しました。私は、緑川家当主『緑川従道みどりかわつぐみち』が姪、緑川燈子と申します。本日は当主の名代として、零幻島近海に現れた妖討伐御助力のため、馳せ参じました」
燈子は白崎家の幼き当主に向けて優雅にお辞儀をしながら、口上を述べるように名乗った。
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