第40話 ターゲットを追い詰めろ

 まだ昼間だというのに、人工的な光がなければ1m先も見えないような廊下。数々のトラップが仕掛けてあったのだろう、その人間が歩いた後ろには、数多の穴や弓、銃痕が刻まれていた。


 その人間がゆっくりと一歩一歩進むと、ガコン、バンッ、といった音が鳴り響く。音がなる仕掛けであればまだ良いほうで、音もなく飛来する弓矢や、雨のように降り注ぐ槍。一歩でも間違えればそのまま数十メートルは落下していきそうな落とし穴まで。


 しかし、侵入者はそのすべてのトラップを把握しているかのように、時に回避し、時に真正面から攻撃を受け止めて対応していく。無限に続くように見えたトラップの山も、既に半分以上が消化されていた。


 その時、ひと際大きな音が鳴った。


「ふっ、結局最後は古風な仕掛けなんだよね」


 小さく馬鹿にしたように笑うと、侵入者は目の前から迫りくる球体を見つめた。


 いや、侵入者には目の前に迫っている球体を視認することはできない。しかし、侵入者はまるで目視確認ができているかのようにその球体を見据え、一足飛びで球体へ迫る。


 途中で襲い来る数々の罠を短刀で振り払いながら、球体の目の前にたどりついた侵入者は、素早くその一刀を抜き放った。


「ふっ!」


 降りぬかれた一刀は迫りくる球体を見事に切り裂いて見せた。パクリと割れたそれは、バランスを失いそのまま左右のトラップを仕掛けごと破壊する。


「あら、これだと次に侵入する人があまりに簡単だなぁ」


 まるでこの後誰かが侵入してくることを知っているかのように、呟いたが、結局対処することなくそのまま歩みを進めた。



 球体を破壊してそのトラップを乗り越えると、侵入者は地面を破壊するほどきつく踏みしめると、爆音と共に駆けた。

 数多のトラップを置き去りにし、監視しているカメラの追従すら振り切って侵入者はその目の前にある、固く閉じられた扉に突撃をかました。



 轟音を鳴らしながら分厚い鉄でできた扉を打ち破り、大きく歪み、変形した扉を地面のようにしてその侵入者は、そこにたどり着いた。


「ほう、まさかこんな所にお客さんが来るとは思ってなかったぞ?」


 その部屋には、一人の老人が待機していた。

 待機、というにはあまりにも生活感が溢れている。部屋の中には簡易ベッドと、一人分の調理器具が用意され、ほかには様々な道具がそろっていた。生活用の道具よりも、いったい何に使っているのか定かではない。


 生活している空間ではあるが、しかしながら生活用品よりも実験道具のほうが多い空間。一体、何がそこまでこの老人を駆り立てるのか。


「それで、何用で?」

「ここにまで来てする事なんて、一つしかないでしょ?」


 老人の問いかけに、侵入者は武器をチラつかせて余裕のある態度で迎え撃った。


「それで、私を殺しに来たのかね?死神くん」

「なんだ、俺のこと知ってるんだ。へぇー、すごいな。一体、どうやってこの閉鎖空間で外界の情報を得てるのかな。まさか、壁の隙間を活用して、有線回線でも構築しているのかな」

「ほう、そこに気が付くとは目ざといな。正解だぞ、死神くん。君はなかなか、頭が回るようじゃないか」


 死神、瀬名と老人は真正面から向かい合う。その距離は約3m程度で、瀬名であればいつでも一刀のもとに老人を殺しうる距離であった。


 だが、瀬名はジリジリと足を動かして距離をつめようとするが、その距離を一瞬で消して老人を殺すようなことはしなかった。


「不思議だな、君なら私を一瞬のうちに殺すと思ったのだがな」

「できればそうしたかったけど、俺とあなたの間にはかなり距離があるんだよねぇ。そもそもこの部屋、ダミーでしょ?」


 瀬名はまるで興味が完全に失せたかのように老人から視線を切ると、そのまま周囲を軽く見渡した。

 瀬名が今回侵入した部屋は、自分が入ってきた扉以外には一切入口も出口もない完全な密室だった。

 瀬名は徐に扉の一片を蹴り飛ばした。その破片は、一見すると壁に衝突したように見えたが、そのまま壁の奥に消えていく。


「ほらね、やっぱり。ホログラムでしょ、これ。よくできてるよ」


 よくできている、と評価するにはあまりにも完成度が高い。人の気配に敏感なものでなければ、気が付くことはできなかっただろう。


 瀬名は目の前にいる老人のホログラムから、人間の気配を一切感じなかったからこそ、その老人が偽物であると断言できたのだ。


「ふむ、そこまで見破られたのか」

「結構面白い遊びだったけどね」

「ならば、一つくらいは褒美をやらねばな」


 観念したというには、あまりに軽い様子で老人は瀬名に語り掛ける。瀬名からすれば、遊びの一環であり、それは老人とて同じことだった。


「しかし、まさかこうも簡単にダミー基地を潰されては困るな。これで潰された基地は、6個目になるのか?」

「さあ?数えたことないからね」


 瀬名が気分で潰している老人の基地だが、実際にはこれで二けたに到達するほどの数をつぶしていた。潰した基地はどの基地もダミーであり、本筋からは微かに外れたような基地だった。


 実際老人には大したダメージが入っていなかったが、それでも気分がいいものではない。新しく作ったダミー基地を、瀬名が端からすべて消していくのだ。


「はぁ、それで今回は何を望む?」

「そうだね、今度は直接君の所に伺わせてもらうよ。その時は、歓迎してほしいかな」

「ほう、私の場所を当てる事ができるというのか?」

「簡単だろ、ウォーロット」

「ほう?よく私のことを調べているんだな」


 よく調べていると、老人はただそれだけの内容で終わらせた。老人はここでも、一切の動揺を見せることなく端的に答えて見せた。


 つまり、ここまで全てがこの老人の掌の上の出来事であった。


「やはり、そうなるか。では、言葉を変えよう」

「ん?まだほかに、別の呼び方があると?」

「ああ。そうだろ?レナ・オーガストさん?」

「っ!?」


 ホログラムの老人は、ここに来て初めて大きな動揺を見せたのだった。


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