第39話 護衛任務

 シャーロットの毛利護衛任務は、恙なく進行していた。初日こそ、シャーロットが部屋を間違えたところで待機をするという盛大なやらかしを披露したが、それ以外に問題はなかった。

 常に退屈そうにしているシャーロットだが、危険人物や記憶にない人間が近くに来た時には、スッと目を細めてしっかりと警戒をしていた。警戒態勢になる前後で、余りにも雰囲気が変わるので、他のボディガードが慌てるほどだった。


「あの、シャーロットさん?警戒するときは、もう少し殺気を抑えていただいても構いませんよ?」

「了解」


 毛利からの要請で、いくらかその緊張感が走る瞬間は解放された。その後も、何度か警戒心を露にする瞬間が訪れたが、最後のほうは毛利を護衛している他の護衛もその緊張感になれることができたのだった。


 唯一、雇用主であり普段は死とは遠い生活をしている毛利だけが、心労で倒れそうになっていた。




「シャーロットが警戒していると、誰も近寄らなくなったね」

「というか、あんなに簡単に接近されるなんて大丈夫なんですかね?近くにいたボディーガードが気が付いてない時もありましたし……。毛利という男、気配を消すのが上手なので生きてこれましたが、今の護衛だけでは本当に不安なんでしょうね」

「まぁ、守る側よりも殺す側のほうが確実に楽だからね。だから、殺す人間のほうが守る人間よりも、技量で劣るんだよ」

「ですね」


 誰かを守るというのは、想像以上に難しいことだ。目の前の敵に集中した瞬間終わりだし、戦いながら要人の周囲を警戒し続けないといけない。もちろん、守護対象が生き残れば勝利であるといえるが、そもそも自分は生き残らなければ、どれほどの言葉を重ねても意味がないのだ。誰かを守るとき、基本的に戦闘になって時点で、守護側の敗北の色はとても濃厚である。

 もちろん、シャーロットのような圧倒的な戦力がいれば話は変わってくるのだが。しかし、それでもシャーロットに準ずる実力者や、ある程度の集団で攻めてこらえると、守り切るのは無理というもの。


 なので、今回シャーロットがとった手段は簡単だった。僅かにでも敵意を見せた人間に対して、一瞬で圧力をかけて戦闘意欲を除外すること。襲っても、一瞬で返り討ちに合うと思い込ますことができれば、こっちの勝ちなのだ。屈強な男たちは、その図体をある程度見れば戦力を測ることができるが、シャーロットのような小柄な少女では、それはなかなかに難しい。

 判断基準となるようなものが、体の動かし方しかないからだ。しかし、シャーロットは普通に歩いているだけだし、真の強者でなければその実力差は意識できないだろう。そして、その実力差が意識できる人間は、今回の戦法を使用する必要がなく初めから自分が近くにいる状態では、戦闘モードに入ろうとすらしない。


 誰も襲ってこない状況を、意図的に作り上げていたのである。むろん、気が付いた人間はそこまでいなかったが。


「ところで、君の実力を事前に察知してくれた優秀な人間はどれくらいいた?」

「今日はいませんでしたね。残念なことですが、見込みありと判断できる人間はいそうにないです」

「そうか」


 セタンタが一人くらい刺客を送り込んでいる可能性があると思っていた瀬名だったが、その予想は悉く外れていた。一体、いつの間に自分の服に手紙を仕込むすきを与えたのか。その不明すぎる正体の手がかりが掴めるかもしれないと息巻いていたが、残念ながら発見には至らなかった。


「瀬名様が探しているセタンタの密偵は、見つかりそうにないですね」

「そうだね。これ以上は考えても仕方ないから、後回しにしたほうがよさそうだ」


 夕飯として支給されたパンをかじりながらそう言った。自分の身が危険だというのに、「このパン意外とおいしい」なんて、場違いな発言をしている。そんな瀬名を見て、シャーロットは小さく微笑みながら自分も小さく千切ったパンを口に放り込んだ。


「そうですね、おいしい」

「だよなぁ」


 正直、おいしいパンの味なんてシャーロットは愚か、瀬名だって知りはしない。ただ、カビも生えてないし泥が付着しているわけでもない。普通にきれいで、少し乾燥してパサついているだけのパンは、二人からすればおいしい食べものであるというだけである。

 場内に食べに行くときも、なんでもおいしいで片づけてしまいがちな二人であり、細かな感想を言い合うよりも、「おいしい」「まずい」「食べられない」の三択でしか判断しない会話では、おいしいが連呼される。


 この会話はこの二人に限った話ではなく、彼らの周りでも同じようにおいしいと口をそろえて発言している家族などが多数確認された。


「こんないい暮らしになれると、日常には戻れそうにないね」


 避難所の暮らしが豪華である、と感じる時点でやはりスラムという場所がいかに歪んでいるのかよくわかる。本来であれば、シャーロットはこれよりも何倍もいい生活ができるのだが、今までの生活が低かったこと以上に、別に生活水準を上げることにメリットを見出さなかった。

 実際、シャーロットがついていくと豪語している瀬名は、出会った時から場所は変わっているが、いつも同じような家を作り、つぎはぎだらけのそこで暮らしているのだから。


「そう?というか、君もアンたちみたいに、中で暮らしていいんだよ?」

「いやだよ、私はずぅ~~っと、瀬名様の隣にいるの」

「そう」


 暮らしが豪華になるよりも瀬名の隣を維持する選択をする。それは、どれだけ場所が変わろうとも、環境が変わろうとも、シャーロットの中では不変の内容だった。

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