第38話 避難所と格付け

「避難所っていうけど、みんなスラムにいた頃よりはいい生活をしているよね」

「そりゃあ、そうだろうさ。ここには、今は城内の人間が監視をしているんだから。もちろん、純粋な都市の人間じゃなくスラム上がりなんだけどね。監視をされている以上は、下手なことはできないさ。彼が自分の利益よりも、信頼を優先している間はだけどね」


 一日二食の配給制で、栄養価は最低限。だがしかし、スラムの人間を収容してもまだ隙間がチラホラとみられる収容所。しかも、壁も屋根もしっかりと作られているから、朝起きたら生き埋めになっている心配をする必要がない。

 地面の上にぼろ布を敷いて生活するのではなく、木製でしっかりと隙間なく張られた床は、地面からの冷気と熱気をシャットアウトするには十分すぎる。


 衣食住という人間が生きていくうえで非常に重要な物のうち、食と住に関しては非常に満足できる内容であった。衣服に関しては、スラムに暮らしている人間が気にする事もないので、配慮されることは少ない。最低限の衣服が提供されているが、その服に手を付けようとしちるのは、小さな子供と身なりを気にしている女性だけ。

 ほかの避難民は、その衣服をお金に換金する方法や周囲の視線を遮るためなど、別の方法で使用している人間が多くみられた。


「シャーロットは、いったん服を着替えてこようか」

「え?でも、返り血も浴びてないですし、靴の汚れだったらさっき落としましたよ?」

「いや、血の匂いが服についてるからね。それに、彼の護衛をするのならできるだけこの環境に馴染んでいたほうがいいよ。すでに若干目立ってしまっているけど、それは仕方ないからさ」

「はぁ~い」


 初めこそ着替えることを面倒に感じて少しだけ抵抗したシャーロットだが、瀬名が少しだけ説明すればあっさりと引き下がる。イソイソと着替えをもって、女性用の更衣スペースに移動するシャーロットを見送ってから、瀬名は一つため息をこぼした。


 シャーロットが視線を集めてしまうのは、致し方ないことだった。美人な存在がスラムで生き残っている場合、娼婦であるか腕がいい戦闘要員か。はたまた、色仕掛け専門の暗殺者であり、シャーロットの外見に娼婦か暗殺者であると思われるだろう。そして、基本的に判断されるのは娼婦という選択肢なのだ。

 美人であるだけでも、スラムで生きていくのはつらいもの。なのに、今はその過酷な環境下で意地汚く生き残った人間の心に大きなゆとりができている状態だ。

 つまり、よこしまなことをすぐに考えるし、実際に行動に起こす余裕もいっぱいあるという状況なのだ。


「ただいまぁー」

「ああ、お帰り」


 そんな瀬名の心配を知ってか知らずか、シャーロットは間延びした声を出しながら、ラフな格好で戻ってくる。下からのぞき込む姿勢になった瀬名の視線からは、ちらりと見えた腰ベルトに、しっかりと殺人用ナイフが3本確認できた。


「危険性が理解できているようで何よりだよ」

「刃向かってくるなら、容赦しなければいいんだよ。必要なら殺すし、殺さなくて済むなら何も対処しない。どうせそのうち、ボスみたいな人間が出てくるんだから、その時に上下関係をハッキリさせてわからせればいいんだよ」


 シャーロットの認識が間違っていないことを確認した瀬名だったが、彼女の返答に深く頷いてその考えに賛成の意を示した。

 シャーロットの傍にいることになれば目立ってしまうことは仕方ないが、それは覚悟していたこと。目をつけられて、彼女が表立って立ち向かえば面倒ごとになって、

それで注目されるが、それも関係ない。どうせ毛利の護衛任務を全うする予定だから、彼女の顔はそのうち知れ渡るのである。


「じゃあ、さっそくお出ましのようだからお願いね?」


 瀬名が指さした先には、如何にもゴロツキであるというような背格好をした男が4人。ナイフを見せびらかして、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてきていた。


「はぁ、行ってくるね」

「ああ、俺のほうに来たお客さんには俺が対応しておくよ」



 この日、避難所での序列が明確に確定した瞬間だった。

 当然、その一番上に立ったのはシャーロット…………ではなく、スラム街では力自慢で知られていた男たち。瀬名もシャーロットも、別段上役になることはなかった。


 しかし、シャーロットも瀬名も無傷であるが、男たちは随所から出血が確認され、多少なりともメンバーが減っていた。


 この日以降、彼らの関わろうとする人間は誰一人としていなかったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る