第37話 潜伏先の帰り道

 アンとの通信が終わって、瀬名とシャーロットは避難場所への帰り道を歩いていた。所々に血痕がみられるが、そのどれもが劣化しており、だいぶ前に付着したものだと判断できる。

 日常的に殺人が行われていた跡が残っている道を、まるで普通の廊下を歩くように、ただこびり付いて固まって固形化している血溜りを息をするように避けながら、二人は歩いていく。


「あはは、アンがすごく慌ててたね」

「ああ、珍しく取り乱していたな。確かに、シャーロットがここにいることは説明していなかったけど、そんなに予想外だったのか?」

「うーん、瀬名様は相変わらずだねぇ」


 何も思い当たる節がないという様子を見せる瀬名に対して、シャーロットは楽しそうに微笑む。呆れを含んでいる様子を感じ取った瀬名だったが、勘違いだろうなと、その疑問は心のうちにしまい込む。


「まぁ、だからいいんだけどね」

「シャーロットがそれでいいならいいか。アンにはまた今度、しっかりと話をしておかないといけないけど………。まぁ、今回の一件が全部終われば、またみんなでゆっくりできるからその時でいいよね」

「そうですねぇ~」


 全部終われば、ゆっくりとした日常がまた戻ってくる。そのために、今だけは踏ん張って頑張るしかない。そう言い聞かせるようにシャーロットに宣言すると、瀬名は徐にポケットから一枚の紙を取り出した。


「それは何ですか?」

「うん?ああ、これはセタンタとかいう怪しい人間から送られてきたラブレターだよ?」

「ラブレター?」


 瀬名が取り出したそれは、ラブレターというにはあまりにも禍々しいデザインをした手紙。ラブレターってなんだ?と言わんばかりの反応をしている瀬名に対して、どす黒いオーラをまき散らしながらその手紙を凝視するシャーロット。

 嫉妬心どころか、警戒心満開でその手紙を今にも引き千切ろうとするシャーロットを片手で静止しながら、瀬名は手紙の封を開けた。


「なになに?」

「ぶぅ~~、そんなの見ないでいいよっ!」

「重要なメッセージかもしれないだろ?」


 シャーロットの静止を完全に無視して瀬名は手紙を読み始めたが、手紙を読み進めるにつれて、瀬名の眉間には徐々に皺が寄っていくことになる。

 無表情から不機嫌そうな表情をしたと思えば、ニヤリと口の端を持ち上げた。


「ねぇ、そのメッセージには何が書いていたの?」

「うーん、なかなか面白いよ?なんでも、三日後の朝に毛利を殺してもいいけど、できれば日付が変更される頃に殺してくれないかって依頼だね。どうしてこんなピンポイントで中身を把握しているのか不思議だし、多分この人は僕と、君たちとの関係も把握しているな」

「えっ」


 瀬名から告げられた事実を前にして、シャーロットは驚愕に目を見開いてその活動を一時停止した。完全に予想外の方向からの攻撃を前にして、処理落ちしてしまったのだ。

 一体、どうやって自分たちの関係を知ったのか。それ以前に、アンと瀬名の関係を知ってなお、どうして口を閉ざしているのか。シャーロットの中では、数えきれないほどの疑問が思い浮かんだ。

 しかし、瀬名の表情を見てからは直ぐにその驚愕も鳴りを潜めて、いつも通りに楽しそうな表情をした。


「ん?シャーロットは、なんだか楽しそうだな」

「だって、瀬名様がはじめは驚いていたようだけど、今はすごく落ち着いているんだもの。それに、ちょっと楽しそうだから、きっと楽しいことなんだろうなって。瀬名様が楽しければ、うれしいことがあれば、私はそれでいいんだぁ」

「そっか」

「そうだよ」


 シャーロットの意識としては、瀬名が楽しそうであれば自分の感情は基本的に無視である。理由は簡単で、自分が考えるよりも瀬名が考えていることのほうが正しいから。

 そして、瀬名が楽しそうにしているのは自分も嬉しいし、ワクワクしてくるからだ。だからシャーロットは笑うのだ、必ず楽しいことがあると信じて。


「それで瀬名様、いったいどんな楽しいことがあるの?」

「そうだなぁ。サツキ並みに頭がよくて、下手をすればアン並みに感情を理解して完全に読み切って行動してくる人間がいる可能性があるんだよね~。一体、どんな人間なんだろうねぇ?セタンタという人間は」

「え?本当にそんな人いるの?どうやって潰す?」

「うーん、殺しに行ってもいいけどね。このまま放置していたほうが、面白い気がするんだ。セタンタの行動はある程度読むことができるし、こっちにはシャーロットがいるからね。やっぱり、君がいてくれて助かるよ」

「本当!?」

「うん」


 今回の限って言えば、シャーロットが瀬名の近くにいたことは本当に幸運だった。シャーロットは戦力としてカウントしても、何も問題がないからだ。

 セタンタという人間の戦闘力をこの手紙から推測することはできないが、瀬名にこの手紙が届く。すなわち、死神に手紙を突き付けて暗殺依頼を出すことができる時点で、その権力は凄まじい。

 何より、いつこの手紙を受け取ったのか瀬名は把握していなかった。それが一番の問題だった。


「でも、いつの間にそんな手紙をもらったの?」

「いや、気が付いたらこの手紙がジャケットの内側に入ってたんだよね。なんかカサつくとは思っていたけど、まさか手紙だとは思わなかったよ。なんかゴミが入っているだけだと思っていたからさ」

「瀬名様に気が付かれずにそんなものを仕込める人間なんて、実在するの?」

「俺だって、ただの人間だよ?できないこともたくさんあるし、俺よりも優れた実力を持っている人間なんてごまんといるだろうさ」

「え~、瀬名様レベル以上の人間が集まるとか想像したくないなぁ。それ、怪獣大決戦よりも死者数が多そうだよ?」

「間違いないね」


 そんな物騒な話をしながら、瀬名とシャーロットは避難所に戻るのであった。

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