第36話 アンとシャーロット

「瀬名様、今大丈夫でしょうか」


 アンは自宅に帰り、防音設備抜群の自室にこもると早速瀬名に連絡を取った。本来であれば昼の間に連絡ができるはずだったのだが、残念な事に想像以上に会議が盛り上がってしまった影響で、夕暮れ時での連絡となってしまった。


「あ、ああ。でも、少しだけ待ってくれ」

「?はい、わかりました」


 少しくぐもった声での返答に、アンは少し疑問に感じたが瀬名が待てというので、忠犬のように通信デバイスの前で姿勢を正して待機していた。

 通信先では何やら小声で会話している様子だったが、少ししてその声もなくなった。瀬名の声を一瞬たりとも聞き逃す事がないように集中していたアンとしては、いつもとは少し違った姿を見せる瀬名を前に動揺を隠すので必死だった。


 咳払いとともに「もう大丈夫」という瀬名の声が聞こえると、まるで悪いことが見つかった小さな子供のように、ビクッと反応する。


「い、いえ、大丈夫ですよ?」

「ん?忙しかったか?」

「いえいえ、全然そんなことはありませんよ!?」

「なんで、お前が焦り気味なんだ?」

「聞かないでください」


 誰もいないのに、顔を真っ赤に染め上げて恥ずかしそうにアンは俯いた。

 レナに対してはあんなにも強気で対応できるのにもかかわらず、瀬名の前ではこんなにも委縮してしまう。一切動揺もしなかったし、巣の反応を見せることのなかったアンといえど、瀬名の前では一人の少女になる。


「それでいいなら。早速本題だけど」

「ええ、わかっています。瀬名様、標的の名前が判明しました」

「なるほど、やはりアンに任せて正解だったね。やり方は任せたけど、いったいどうやったのやら。俺には想像もできないな」

「ご謙遜を。瀬名様でしたら、私なんかよりもよっぽど早く見つけることができましたよ」


 ほめられたことがうれしくて、アンは瀬名にバレない様に小さく笑った。とはいえ、その上体は左右に振られていて、もしここに第三者がいれば犬のようだと揶揄したことだろう。


「それで、標的の名前は?」

「相手の名前は毛利です」

「「え?」」


 今回の暗殺対象を伝えれば、あまりにも間抜けな返事が。それに、通話先からは、瀬名以外にもよく聞きなれた声が聞こえた気がした。


「え?」


 思わず、アンのほうも間抜けな返事をしてしまった。


 両者ともにしばしの間、フリーズしていたがいち早く復活を果たしたのは瀬名のほうだった。


「すまない、もう一度聞いてもいいか?」

「あ、ははっ、ハイ!えぇっと、毛利です」

「………なるほど」

「あの、瀬名様?」


 アンは知らないが、実は瀬名たちは毛利という男と接触していた。しかも、結構簡単に。本来であれば、もっと時間をかけて探し出す必要があったのだが、シャーロットの適当な作戦に、ひとまず乗っておくかという瀬名の気分的な判断が功をなしたのだ。

 実は全く違う男である可能性があると、シャーロットも瀬名も思っていたがまさか本人だったとは、本人たちも予想外だった。


「実はだな……」

「私が考えた作戦でそのモーリとは遭遇したんだよ!!」

「えぇっ!?」


  その事実を、しかも何故か一緒にいるシャーロットから知らされることになったアンは、それはもう慌てた。二重、三重の意味であわてることになった。


「な、なぜそこにシャーロットがいるのですか!!」

「え、そこ?」

「ふっふーん!いいでしょっ!」

「ずるいっ!!」

「えっ?」


 通信の主題をそっちのけで、アンとシャーロットの会話は加速していく。一方的に瀬名との仲の良さをアピールされるだけなのだが、アンからしてみれば、それは許されざることだった。

 自分の才能は瀬名とともにいることが非常に難しいもので、サツキが常に隣にいるのは便利屋として利用できるから納得できる。むしろ、アンはサツキ経由で瀬名の情報をもらったり、次の行動の指示を貰うことができて、瀬名の背中を何とか追いかけることができるので、自分の才のなさを呪うしかなかった。

 しかしだ、シャーロットは違う。彼女の才能は、殺しの才能。それは、奇しくも瀬名と同じ才能であり、シャーロットしか持ちえないものだった。とはいえだ、瀬名がいればシャーロットがいる必要はないはずなのだ。実際、今頃は別の所で依頼を受けて仕事をしているはずだったのに……。

 そんな思考の元、アンは動揺を隠すことなくシャーロットと同じレベルで会話を繰り広げてしまったのだ。


「あっ、瀬名様、ごめんなさい」

「うん?ああ、別にいいよ」

「も、申し訳ありませんっ!!瀬名様!」

「気にしなくていいのに」


 しばらく騒いだ後、シャーロットが思い出したかのように瀬名の名前を呼ぶと、少し遠くから瀬名の声が聞こえた。

 瀬名は気にするなと言って慰めてくれるが、この時ばかりはアンもシャーロットも心が一杯一杯だった。


「二人が仲良くしてくれることはいいことだから。そこに、俺がいなくても関係が成り立つのであれば、うれしいものだ。君たちは三人で協力して頑張ってもらわないといけないからね」

「うん、私たち仲良しだよっ!でも、瀬名様が一番大事なんだからね?」

「そうですよ、瀬名様。私たちは、貴方がいなければならないのですから、自分を卑下するような発言はやめてくださいね」

「ん、これは悪いことを言ってしまったね」


 予想外の方向からの射撃に、瀬名はおとなしく謝罪をした。その謝罪に悶えている女が若干二名存在したが、その存在を無視して瀬名は「そろそろ本題に入ろうか……」と言って、二人を現実世界に引き戻すのであった。


「それで、なんで毛利を殺せばいいと思ったの?」

「今日の会議に参加していたのですが、あの男は一度も真実を話さなかったんですよ。いえ、正しくは核心部と彼の感情面に関してはすべてが嘘でした。客観的な事実に関しては、すべて正直に話してくれましたが、そのほかの要因に関しては半々でしたね」

「なるほど、君の眼でその判断が下されたのであればそうなのだろうね。なら、さっさと殺してしまったほうが都合がいいかな」

「いえ、それは早すぎまずね。できれば、三日後の朝に殺してほしいです」


 即座に行動できる状況にあるため、瀬名としてもシャーロットしてもすぐさま行動に起こそうと思ったが、アンとしてはそれは都合が悪かった。


「今すぐ殺しても確かに問題はないんですけど、心理掌握を考えると期限ギリギリが一番都合がいいんです。内部の人間を一部の人間を除いて私に依存させるのは、容易でしょう。レナ様も含めて、二人で勝利の女神擬きになるのも、悪くありませんからね」

「そーいう魂胆なのね」

「はい」


 瀬名はそれ以上深く聞くことはなく、ただの事実確認として、業務確認として確認を取った。第三者からすれば、非常に冷たい対応かもしれないが、普段の瀬名からすればこれが平常運転。

 どれだけ自分が失態を犯そうとも、瀬名がいつも通りの対応をしてくれることに、安堵する反面自分は役に立つことができているのか本当にこのままでいいのか不安になるアン。

 でも、自分の不安など関係ないことを知っている。何故なら、アンは自分自身も駒の一つでしかないことを理解しているからである。


「じゃあ、こっちは三日間潜伏しておくことにするよ」

「すみません、よろしくお願いします」

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