第35話 夜の考察

 アンと別れて数人の家を回ってから、レナはやっと自室に戻ってきた。自分の部屋に戻ってきて、一息つくことができた時には既に日付が変更されており、本当に怒涛の一日を送っていたことにふと気が付いた。


 アンと別れてからレナの行動は迅速であったが、各家を回っているといくつかの家では長居をするしかない状況も少なからず存在した。凝り固まった老人の考えを正すのも、私利私欲のために行動することしかない若者も。すべての人間が、一癖も二癖もあって非常に厄介なのである。


 しかし、今日のあいさつ回りではレナが下手に出ることはなかった、すべての責任がレナに降りかかる以上、レナが引く理由がなかった。そもそもの話、レナから一度は歩み寄ったのだ。大勢人を集めて、会議の場を設けた。それでも、理解する気もなかったのであればしょうがないだろう。理解できないものに、わざわざ時間をかけている暇はない、ということだ。


「ふぅ、今日はかなり忙しかったですね。しかし、あのセタンタさん。背格好や声をごまかしていましたが、恐らくは同性ですよね。アンさんと出会っただけでもすごく幸運なことなのです。なのに、セタンタさんにも出会えるなんて、今日は本当にいい一日です」


 椅子に座って、自分の髪を梳きながらポツリと零す。部屋には誰も居なかったが、これまで会議をずっと続けていたからか、誰かに話しかけるようにレナはつぶやく。


「セタンタさんは信じても大丈夫であると思いますが、残念なことに私では判断できないところが多いですね。アンさんとは別の方向で私よりも、優れていますからね。あの知力は、私なんかよりも圧倒的に上ですね。戦闘力に関しては、アンさんよりも少ししたといった具合でしょうか?ですが、扱う武器によっては相性の問題でかなり苦戦するかもしれませんね。あの背丈で大鎌を扱うことはないと思いますが、いったいどのような戦闘を繰り広げることになるのか、非常に楽しみですね」


 レナからしてみれば、アンとセタンタの戦闘力は脅威ではあるが1対1であるのであれば、苦戦するが負けることはないという判断だった。むろん、2対1になれば抵抗の余地なく負けてしまうが、今日の会議を見る感じあの二人はそういった系統の関係であるようには見えなかった。

 あくまでビジネス上の関係で、損得上で成り立っている。


「もしも何かあれば、その隙を突いてどうなるか……といった所ですね。二人が事実上の対立をしてしまうと、多くの人が死んでしまうので、困りますね。都市内部とスラム街を含めた、全面戦争になりそうです。アンさんもセタンタさんも、二人ともスラム街につてがあるようなので、大規模抗争に発展すると、この都市が詰んでしまうからやめてほしいですね」


 アンとセタンタのどちらかを引き込むのが理想的な関係だが、レナの頭の中ではその選択肢は存在しなかった。普通の人間であれば、初めに考えるのは、あの強力な二人を仲間にして協力関係を構築することだ。しかし、こちらの奥底を一瞬で見抜く少女と、自分よりも圧倒的に知力に富んだ少女?なのである。

 どう考えても、引き込もうとする思惑が一瞬でばれてしまうし、方や引き込んでも自分よりも上の頭脳を持って傀儡にされる可能性がある。引き込むことのほうが、デメリットが大きいのだ。

 かといって、あの二人が抗争状態になるように仕向けても、それはそれで無意味だ。どっちみち、町が崩壊してゲームオーバーなのである。


「町を壊さないために必要なのは、真正面からぶつかること以外にも、いくつか存在しますが………。一番確実というか、理想的なのは私が個の戦力として、あの二人と同じ領域にたどり着ければいいのですが。あの二人は、一点突破ではありますがその突破している才能が本当に大変なんですよねぇ」


 相手の感情を一瞬で見抜く、真意を推し量るなど、本当に厄介である。それに、圧倒的な知力は状況から相手が何を考えているのか、どう思っているのか、どうすれば相手を傀儡にできるのかという選択を一瞬で行うことができる。それに、あの手の人間は、冷酷に非情に残酷に判断を下して実行することができるのだ。

 これ以上、厄介な存在はいないだろう。せめて、戦闘力に突出した才能を持っている人間が味方にいれば、抑止力となりえるが、今のレナでは少しだけ役不足であった。


「今のところ敵対する予定もなければ、そのメリットもないので大丈夫ですが、この戦いが終わった後のことも考えないといけませんね」


 結局は、敵対しないことが一番いい。様子見をして、まずは敵の戦力を正確に把握して、対策を練ることができるようにしないといけないのだ。


「ですが、まさか自分に追いつくような才能の持ち主どころか、追いつくような人を一日で二人も発見できたのは本当に幸運です。この運は、、いったい誰に感謝すればいいのでしょうか?初めてです、ここまで感情が高ぶるのは」


 自覚できるほどに口元を歪めて、レナはいびつな笑みを浮かべる。微かに漏れるのは、歓喜の笑い。まるで、初めておもちゃをもらった子供が必死に感情を抑えるように。

 レナは、薄暗い自室で一人、笑いを堪えるので必死だった。


 レナには、ライバルという存在が記憶している限り存在しない。事象ライバルは数えきれないほどに存在したが、自分が認めるライバル。自分が認める自分以上の存在は、本当にレアで同学年なのに自分以上の存在となると初めてだった。

 心のどこかで諦めていた、切磋琢磨できる存在。自分の価値を、自分の実力を更に上に持っていける存在。出会えたことは、自分の人生で、一番の幸運といえた。


 その事実に、レナは興奮を抑えることができなかった。

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