第34話 スラムと都市

「スラムの人間に関しては、毛利さんが排除できれば問題ないことはわかりますね?」

「ええ、今でこそ率先して行動してくれていますが残念ながらあれは利益しか追い求めていない人間の目です。この先、自分の利益だけを追い求めて、これ以上格差が生まれては仕方ありませんからね」

「ならよかったです。こちらの方で排除する方向で行動を始めさせていただきますね。これまで、悪行の限りを尽くしてきているのですから、今更何かあっても文句はないと思いますしね」


 冷静にそう発言するアンだが、その淡々と人間を選別していく姿にレナは少しだが、確実に動揺を露わにしていた。レナでも、必要な人間と不要な人間の区別をしたことはあるし、場合によっては武力行使も辞さない考えだ。 

 先ほどアンの基本的な考え方に関しても承知したうえで、やはりこの急変ぶりと冷酷さはどうやってもなれる気がしなかった。


「まぁ、今回は仕方ありませんよね」

「というか、私たちが行動しなくてもそのうち殺害されているんですけどね」

「どうしてですか?」

「この世界に必要ないからですよ」

「?」

「「……………」」


 アンの言う「世界に必要ない人材」という発言の意図が、意味が分からず、レナは首を傾げた。不要な人間であると、断言して見せたアンも何故かレナの様子を見て不思議そうにしてしまったため、二人の間には奇妙な沈黙が流れることになった。


「その、世界に必要ないとは?」

「文字通りですよ。彼がなす悪行も、善行もともに不要なのですよ。彼が存在することで、多くのスラム街の子供たちが苦しむし、大人たちも出世の機会を失う。犯罪は当たり前だし、数少ない収益から無駄な管理費を払う必要も出てくる。人身売買、違法風俗なんて、当然。つかまって、性処理の道具で済めばいいけど、実験体や遊び道具にされたら、もう最悪ですよ?毛利のやる行動に、どれほどの善意が込められていようとも、私はその全てを邪魔して、破壊して、徹底的につぶします。だから、生きているだけで無駄なんですよ。別の人間がいま彼のいる玉座に腰かけているほうが、私含めて周りは得するんですよ。スラムの人間だって、幾ばくかの人を救うことができます。逆に、彼を殺してしまうと彼が管理している人間が一気に解き放たれる危険があります。といっても、荒れるのは一時的なものでしょう。すぐに殺し合いが始まるか、誰かが代わりとなって覇権を握ってしまうと思いますよ」


 アンの必要ないという言葉は、とても重たい言葉である。「別に、いなくても回る」とか、「変わりがいる」などという、安易な言葉ではない。「存在が害悪」ということでしかない。

 彼の行ってきた非道の数々は、アンが情報を握っているというだけでありレナは知らない話ばかり。しかし、レナにも理解できたことはアンが相当に嫌っているだけではなく、徹底的に彼の価値を下げようとしているということである。


「だからこその、徹底的につぶす………ですか」

「よくわかりましたね。そうですよ、私が彼を無にするんですよ。もう、吸い取れるものはすべて吸い取りましたし、用済みですしね」

「先ほどの会談で、やけに質問攻めにすると思ったら、そうだったんですね。私はてっきり、二回目の開催をしている時間がないからだと思っていましたよ」

「その解釈で間違いないですよ?」


 実際、アンが焦って行動しているのは時間がないからだ。すぐさまやってくるとされる機会兵だが、実際にどれくらいで軍備を整えて、どんな進行経路を使用して、どれくらいの集団で、アルゴリズムで行動してくるのか。そのすべてが未知数なのだ。

 対策しすぎるぐらいで、問題ない。


「それで、毛利を殺すのにどれくらいの時間が必要ですか?」

「そうですね、今の発言からするにレナ様の許可も出たので今日中に動き始めますね。実行するのに、どれくらいかかるかは未知数ですが、3日以内に確実に殺します。殺した後の行動は決めていませんが、殺す際に危険分子はまとめて排除しておきましょう。この際、一人ひとり吟味している時間はないので、こちらで適当にその旨を伝えておきます。完全な現場判断にはなりますが、現場判断が結局は一番信用できますからね」

「そうですね。推論をして考えている時間があれば、逮捕したほうが効率的ですからね」

「あら、誤認逮捕だけはやめてくださいよ?私がいないと、一日で数億もの被害が出るんですから」


 物騒なことを、まるで年頃の少女の会話のように和気あいあいと話を進めていく。はじめは少しだけ抵抗をしていた毛利暗殺計画にも、レナは最終的に賛同してしまったのである。


「でも、よかったのですか?」


 アンがレナに確認を取ったのは、すべての話し合いが終了してからだった。


「何がですか?」

「私の暗殺計画を見逃すような判断をして」

「ああ、そのことですか」


 アンの発言意図を理解したレナは少しだけ息を吐くと、少しだけ脱力して窓から遠くの空を見上げるようにして答えた。


「理想論は大事です。巨大な正義を抱えて、巨悪を打つ様子は万人が憧れますし、だれもが目指す理想でしょう。ですが、残念ながら私たちが生きている世界は、コンピューターのように二進数では表現できないんです。だからこそ、自己判断で進む必要があります。今回は、あなたが悪をなして巨悪を葬ろうとすることを邪魔するのは、明らかに悪手ですからね。今回は必要悪であると、割り切ることにしますよ。後で、犯罪の証拠だけでも送ってください」

「承知しました。今回はありがとうございます」

「いえ、では作戦の普及のほうを進めていきましょう。各種連絡系を私が担当します。アンさんは、そちらの計画を進めると同時にスラム側への働きかけをお願いしますね」

「了解です。では、お互いの健闘を祈っています」

「負けませんよ!」


 歴戦の仲間であるかのように、タイミングばっちりで拳を合わせると、一瞬のうちに二人とも会議室から姿を消すのであった。

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