第32話 天才:レナ・オーガスト

「セタンタさん」

「なんだね」

「ありがとうございます。おかげで、目を覚ますことができましたよ、私は」

「そうか」


 セタンタに頭を下げて感謝を伝えたレナが顔を上げると、その瞳には一切の迷いも、曇りもない、きれいな瞳をしていた。

 どんな悩みも、自分では気が付かなかった問題も、無意識化の行動も。自覚してしまえば、自前で対処して見せる。一人で足りない問題は、人間を手足のように利用して、誘導して、気が付かない間に動かすことで解決する。

 万能の才能、万能な天才。ゆえに、レナ・オーガストという少女は、女性でありながら、いまだ学生の身分でありながら、出自の関係なく才女ではなく、『天才』として多くの権力者たちの上に、陣取っているのである。


「ええ、この先私は自分の才能を恐れ、慄き、その圧倒的な絶望を前にしても、逃げない覚悟をしました。大丈夫です。おかげで、私の両親殺しの犯人とその理由もざっくりですが、明らかになりましたからね」

「ほう?ならばよかった。物のついでだ、両親殺しの犯人……に関しては、聞いても仕方ないな。一日で、二軒の殺人程度であれば、死神の奴は簡単にやってのけるだろうからな。問題は、その理由だな」


 セタンタの問いかけに、少女は花が咲くような笑みを浮かべてその残酷な事実を開示したのである。


「私を表舞台に立たせるためですよね。いえ、この問題を解決するために、少数の犠牲は仕方ない、膿は放置しておくと巨大化して手が出せなくなりますからね。実行犯は死神で間違いないと思われますが、まさか依頼理由が私だったとは……。どうして、世界というのはこうも面白いのでしょうね?」

「ふっ、気が付いてくれて何よりだよ。親の屍の上に立った感想は?」

「そうですね、気分はよくないですが自分の中で踏ん切りは尽きましたし問題はありません。私の使命は、弱者を守ることです。それは、私たち権力を持つもの、支配している人間の義務であり、矜持でもあります。その事実から目をそらし、自分の保身ばかりを考えて、今すぐ逃げ出そうとしている愚か者も多くいますがね。初めに、そこから対処していくべきでしたね」

「よし、では話し合いを進めていこう」


 満足そうにうなずいて、会議を進行させようとするセタンタと、それについて議論を開始しようとするレナ。レナの急変に対して、未だにどう対応すればいいのか、自分はこのまま平気な心で対応ができるのかと、アンは自問自答をした末に――


「すみません、一度離席しますね」

「承知した。だが、戻ってきてくれよ」

「わかりました。待っていますね?」

「ええ、すぐに戻ってきますよ」


 アンはスッと音も立てずに移動をすると、なるべく静かにその重たい扉を開けて外に出た。

 室内では、案が扉を閉めるその瞬間も二人が熱心に地図と持ってきたデータを照合しながら作戦の立案を行っているのであった。




「スラムの人間以外にも、問題児ばかりだな。特に、探偵としてある程度の実績のある連中が問題だな。探偵として推理しかしていないような人間は問題ないが、戦闘経験豊富な人間は正直困るな。機械兵の脅威を把握している人間も少なすぎる」

「ええ、正直言って、まともに使える人間は少ないでしょう。これから、本気で訓練したとしても、到底間に合うとは思えません。ですので、回避能力を向上させて攻撃に当たらないようにしようと思います。どうせ踏みつけられたら死ぬのです、問題ないでしょう?」


 アンが部屋に戻ってきたにも関わらず、二人はそれに気が付いた様子もなく会議を行っていた。互いに意見を出し合ってとりまとめ、可能性のない手段を削除していく段階は終了したようだ。


「確かにそうだな。君や一部の達人は敵の攻撃を受けることも可能だが、毎回そんな対応をしていれば、無駄に体力を消耗してしまうからな。味方に関しては、全員基本的には回避優先で行動するだけだな」

「スラム街の人たちはどうしますか?」

「あいつらのほうで戦闘に参加するのは、機械兵相手に戦った経験がある人間がメインだ。中には、人間相手にしか戦ったこともない奴もいると思うが、問題はないだろう。スラム街で人間相手に戦って生き残ってるとなると、相当な動体視力と自由に体をコントロールできる才能が必要だからな」


 スラム街の人間であろうとも、機械兵の攻撃を受けきるのは容易ではない。相手は、自分よりも大きな金属の塊なのだ。軽量化の為にアルミとプラスチックを一部使用していても、その重量は軽く500kgを超える。


「なるほど、であれば感情面で揺らぎさえなければいいのですね」

「ああ、やはり中にいる人間と外にいる人間が共闘するのは無理だな。区画を分けてお互いに無干渉で行くしかないだろう。最悪、人間同士で殺しあう、無残な戦場になるぞ」

「区画を分ける方法はどうしましょうか?服装や武器で判断しても、結局はばれてしまいますよね。救助した人、された人がスラムの人間だったというだけで、今の状況では殺人事件に発展する可能性もありますよ」


 レナが気にしているのは、スラム街の人間と飲むような殺生である。敵を殺す目的で、ある程度巻き込んでしまうのは仕方ないが、人間同士でむやみな殺し合いをしても、確実に負けることは知っている。

 それでも、壁内に住んでいる人間は、外の人間を蔑んでいるという事実はどうやってもなくならず、その無駄なプライドが自分の行動を非効率的なものにすることは明らかだ。

 天才であるレナには理解できないが、自分の命よりも感情を優先するという、非合理的で非効率で、全く理解できない行動をする人種がこの世界には存在するのだ。


「そこは、あきらめるしかないだろ。どう頑張っても、顔を合わせる場所はできるし、お互いに干渉しない方針で行くしかない。とはいえ、無策でやってもお互いが気を取られるからな、壁の内側の人間としては君が担当してくれ。スラム側は、こちらで圧倒的な強者を一人召喚しておく」

「なるほど、出会う人間の数を減らしておけばいいのですね。というか、私とその方は一人で機械兵との戦闘を行うのですか?」

「ああ、君とアイツには可哀そうだが一人で区画を担当してもらう。その代わり、戦闘するのは一日だけだと思って貰って構わない。君たちが全力で戦っている間に、指揮官機を探し出して、一気にカタをつける予定だからな」

「指揮官を倒せば統率が取れなくなるのはわかりますが、機械兵たちはどうなるのですか?」

「以前の侵攻後、度々指揮官機が確認されているが、指揮官機を壊した場合には、即時帰還命令が下るようになっている。今回の進行では確実にアップデートしてくるだろうな。逃げていく相手を追いかけて殺すのは、とても簡単だったからな」


 スラム街では、実はまれに機械兵との戦闘する機会があるが、その際に次の戦闘に備えてデータの収集を行っていた。壁の中で暮らしている人間は、全く知らないことだが、機械兵たちも作戦を考えて実行することがあるのだ。

 人間を殺すというプログラムは、その指揮下で動いているのである。


「ということは、こちらに進攻を………いえ、無策の突撃はしなさそうですね。人を殺すことしかプログラムされていなくても、指揮官機を倒せば撤退していた。つまり、命令系統を増やして対策する。そのあとは、撤退戦のデータを元に殿役を設定する可能性がありますね」

「ああ、指揮官機を破壊する方法は簡単だが、圧倒的物量を前にした状態でその個体を探しだして、撃破するのは結構面倒だぞ」

「そこは臨機応変に対応を考えていきましょうか」

「そうだな、考えられる実用的な攻め手は20通りある。そのうち12通りは、相手の出方に応じて変化させるもので、3通りはこちらの人員数と戦力に依存して決定するもの。5通りは、君とスラムに呼んだアイツの実力によって変化するからな。責任重大だぞ」


 一瞬にして、レナの頭の中とセタンタの頭の中には複数の攻略パターンが思い浮かんだ。この時、レナが思い浮かんだパターンよりもセタンタが思い浮かべたパターンのほうが多くあった。

 やや悔しそうにするレナを、アンは遠くから冷たい視線で見つめていた。


「なるほど、考えることは大体同じようですね。わかりました、では今日はこの辺でいいですかね。一度持ちかえり、アンさんと協議してみます。また困ったときには連絡させていただきますね」

「ああ、東京継続のために。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ここまで議論を重ねて、初めてお互いに顔を合わせて二人を硬く握手をするのであった。

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