第31話 見つめるべき現状は

 レナとアン、セタンタによって行われた会議は順調に数進んでいた。各種要人の配置を決めて、直接戦闘を行う人員の把握、詳細なデータが無いなりにある程度の配置と管理は完了していた。


「それにしても、スラム街の方からの援軍でここまで簡単に処理できるようになるんですね」

「まぁ、スラム街の人間が協力的であればの話ですけどね。一応手は打っているのですが、実際当日になってみなければ、どのように行動するのかも不明ですからね。毛利さんは協力的で助かりましたけど」

「確かに、今の会議では協力的だったがその腹の内は不明だからな。お前たちなら、わざわざ忠告する必要もないだろうが、念のために行っておくぞ。注意しておけ、敵だけではなく見方にも」


 確認をとるように、セタンタは二人に顔を向けた。唾を飲み込んだのはどちらだったのか、その音だけが会議室にこだました。


「ええ、大丈夫ですよ。そんなに、急に威圧しないでくださいよ」

「セタンタはたまにこういうところがあるから、困るのよね。まぁ、おかげで気のゆるみがなくなったのは確かだけど。私たちで作戦を考えて、あとは周知して備えるだけなんだけど、どれくらいの人間が素直に従ってくれるのかがネックなのよね」

「そうですね。私としては、半分も従ってくれたらうれしいかなって感じですが」

「そんなに少ないのですか」


 レナが言うには、半分も要人が従ってくれたら希望的観測であるという。都市の危機に陥っているという事態でも、考えているのは自己保身ばかりなのだ。一般階層の人間や、権力も金もない人間がどれだけ死んでも問題ない、というのが満場一致の見解である。

 日本という国が、諸外国の傀儡となってから、結局は代理戦争の形で日本の中で政権をめぐりずっと争いが起こっていた。その争いに決着を、もたらし日本を平穏にしたのが、レナの先祖だったのだが流石に両親なき今のレナにその働きを期待するのは酷でしかなかった。


 そのすべてを分かったうえで、レナは自責の念から逃れることができない。あの日、自分が殺されるべきだったのではないか、自分が襲撃犯の侵入に気が付いていれば……そんなことを考えなかったといえば、それは確実に嘘となる。

 ただ、自分には使命があり今は為さねば成らぬ事がある。だから、そのマイナス思考を無視して行動できるだけである。


 ただ、そのすべてを推論しておいてなお、問題ない。両親ではなく、レナ本人がこの場所にいることが大事である。むしろ、その事実があるからこそこの作戦が実行できると考えている人間もいた。そしてソレは、無神経にその事実をたたきつける。


「君の両親が生きていれば、確かに纏まりがあって行動も迅速だったかもしれない。会議があれることなく、オーガストという旗本でその力を存分に振るっただろう。そして、確実に敗北を喫していたはずだ。あの場にいた人間に、真に機械兵と戦闘をした経験がない者に、あの兵器と戦う手段はない。君の両親が生きていたら、という夢物語には意味がないのだ。仮に多くの命が救えたとして、その中に我々のような人間はいないし、スラム街の人間はどうなっていた?確実に、捨て駒として利用されて使いつぶしのゴミとなり果てただろう。次は一般階層の人間を廃棄処理するのか?その後は?今君がこの場にいなければ、結局は最下層という名前の捨て駒が入れ替わり続けるだけだ。待っている未来は、無意味な消費のみ。その先に見えているのは、この都市、この国の崩壊だ。京都と東京で辛うじて分散しているとはいえ、東京が落ちればこの日本という国は呆気なく終わるのは、数世紀前前から判明している、致命的な弱点でしかない。君たちは、自分の体裁を整えるために、諸外国からの印象のために戦うのだろうが、ここにしか居場所がない人間は違うんだよ。大事なのは、レナ・オーガストという天才が。君というある種の怪物が生誕して、その力を存分にふるうことが許される環境があるということだ」

「……っ!!」

「セタンタ、それは言い過ぎですっ!」


 セタンタが発言したことは、レナが心の奥底で考えていたことに間違いはなかった。むしろ、気が付かないように、絶対に知らないふりをしないといけないと、そう思っていたのだ。

 レナとて、気が付いていた。仮に両親が生きていたと仮定してもセタンタの言う通り確実に戦には負けていた。むしろ、スラム街の人間と共存していくなどと、発案することすらなかっただろう。


「だが、誰かがこの少女に現実をぶつける必要があるだろう。逃げ道は初めに潰しておかなければ、ダメなんだよ。だから、今叩き付ける」

「そんな事をしなくてもっ!!」

「いえ、大丈夫です」

「レナ様……」


 抗議をするかのような態度を崩さないアンだったが、レナの静止を前に、一歩引きさがる。ここにきて、アンは初めて心配そうにレナのほうを確認した。


 そこにいたレナは、いつもの余裕がる表情ではなかったが、怒っているようにも見受けられなかった。ただ、一切の感情を切り離しまるで機械のように、能面な顔をして何かを演算している様子のレナが、ただ一人立っているのだった。


「れ、レナ様?」

「………」

「ふむ………」


 アンの問いかけに何も答えることなく、一人でブツブツと呟きながら何か考え込んでいるレナ。そんな彼女を前にして、アンは困惑するばかりだったが、セタンタは面白そうに声を漏らすと、会議をしている机に腰かけてアンに話しかけた。


「彼女は直ぐに考えないといけない問題を発見したようだ。大丈夫、感情面では問題がないと思うからな。あとは、自分の脳みそがどこまで冷酷で非情な自分を許容できるかの問題だ。だが、天才様ならそれくらいできないと困る」

「それは、あまりに酷なことでは」

「酷だろうが何だろうが知ったことではない。齢にして20にも満たない少女であっても、ここに立っているということはそういうことだ。それに、年齢を持ち出せば君だって似たようなものだろう?」

「でも、それは生まれが違うもの。だから、仕方のないことなのよ」


 薄暗い部屋で、一番目を黒く染めながら、哀愁漂う表情でアンはそれだけ言うのであった。

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