第30話 暗殺と交渉
「それでは、さっそく私の護衛任務の話をしていきましょう」
「話が早くて、本当に助かるよ。それで、私はどうしたらいいの?」
「基本的に自由にしてもらって構わないよ。君を僕の周りに縛り付けていては、意味がないと思うのだよ。殺意を感じるままに、気の向くままに敵だと思う人間を殺して貰って構わない」
「了解」
ピシッときれいな敬礼を決めると、シャーロットは回れ右をして部屋から退出した。その際に、少しだけ毛利のほうを確認して、不満そうに視線を下に向けた。
「はぁ、あんな強者が紛れ込んでいるとは……。なるほど、あれほどの強者は一人だけだと思いたいが。まさか、彼女が巷を騒がせている死神だというのか?いや、確かに死神の性別が男だとは決まっていないが、あんな成人も迎えていないような少女なのか?だとしたら、一体いつから死神として活動を?見た目と実年齢が乖離しているパターンなのか?」
シャーロットが部屋を後にしてからしばらく、彼女の正体に関して毛利は小一時間ほど真剣に悩んでいた。会議が始まるまで考え込んでいた彼は、その後に行われた大規模侵攻の対策会議へ遅刻するのであった。
館の一角にある、書庫にて二人の男女が密会をしていた。本に囲まれたこの部屋では、少しカビの匂いこそするもののスラム街で生活している人間からすれば、全く気にならない匂いだった。
二人の男女はそんな書庫の奥にしゃがみこんで、二人並んで本を選ぶふりをしながら会談をしていた。
「それで、どうだったの?」
「うーん、私が調査した感じだと最後にあったあの男が一番上の人間であることに間違いないと思う。調査した感じだと、名前も知らないけど案内してくれたおじさんは、私が処分しちゃったし……」
「まさか一発目でヒットするとは、流石だな」
「ただの運だね」
「作戦勝ちともいえるでしょ」
実はあの時、一人であの場所に残っていたのはシャーロットの戦略でもあった。目立つ場所ではないが、素人がやりがちな紛れるという手法を用いながら、若干気配を隠して潜む。そうすれば、ある程度の実力者であれば、または実力者との交流が多いものであれば、シャーロットの実力に気が付くという寸法だった。
相手側からしても、利用できる人材をある程度は探す必要があるとにらんでいたから、シャーロットは自分から見つかりに行くという手段をとったのである。
「シャーロットの日ごろの行いがいいからでしょ」
「そうだといいね。でも、これだけ人を殺して、それはないでしょ」
ケラケラと笑いながらシャーロットは言ったが、実際これまでにシャーロットが殺してきた人間の数は100なんかでは収まらない。
「大丈夫、俺と比べれば全然少ないから」
「それは当たり前」
シャーロットが殺した人間の数は、同年代の人間と比較すると言うまでもなく多大である。とはいえ、シャーロットのそれは瀬名のそれと比較すると、圧倒的に少ない。
瀬名が殺してきた人間の数は、本人ですら把握していない。目撃者も、ある程度の付き合いがある依頼主も、基本的にすべて殺しているし、瀬名にとって殺すことは息をするのと同じだからだ。
シャーロットも、瀬名と同じく人を殺すことに関して何も感じないどころか当たり前だと思っている節がある。
「いつか瀬名様と同じくらいたくさんの人間が殺せるようになるねっ!」
「うーん、たくさん人を殺す必要はないでしょ。シャーロットの実力はかなり上がってるし、俺の代わりに活動しても問題ないでしょ。正直言って、シャーロットが俺と違って働き者で助かっているし、俺なんかいなくても活躍できるようになるよ」
「あはは、瀬名様の代わりに働くのはいいけど、瀬名様がいなくなったら探すだけだよ。もしくは、瀬名様が再び現れるまでずっと廃人しているかもね?だから、いなくてもいいなんて、絶対に言ったらだめなんだよ?」
「わかったよ」
目をドロドロと濁らせながら、シャーロットは瀬名が消えた未来を想像してみたが、やはり明るい未来は想像できなかった。無意識で握りこぶしを作っていたようで、思い切り握りこんだからか内出血を起こしそうになっていた。
「まぁ、冗談はここら辺にして」
「冗談でも、絶対にそんなこと言わないで」
「了解」
「もうなしだからねって、このやり取りかなりやってる気がするんだけど、瀬名様?」
「うん、だってそれくらい今は頼っているからね。今回もよろしく頼むよ」
「……うん」
顔を真っ赤に染め、か細い声ながらもしっかりと返事をするシャーロットだった。
「さて、問題となるこの館の主には接触できた」
「次は、いつあの男を殺すか……だよね」
「ああ、時間を間違えるとこっちの統制が取れなくなるから困る。でも、アンの話を信じるのであれば、最終的に障害でしかない。だから、交渉が進んで、もう引き返せないというタイミングで殺す。進行が始まるまでもどうせ時間はないんだし、何とかなる。こっちで証拠を集めてもいいけど、アンが張り切っていたから任せるしかないでしょ」
今回瀬名の行動が消極的なのは、アンが張り切って行動をしているからというのがあった。アンが本気で情報を収集しているなら、別に瀬名が真面目に情報集めても、得られる中身は変わらない。ならば、やる気のある人間が行動したほうが絶対に有益な情報を得ることができる。
「そういえば、さっきの探索で変な絵画を見つけたんだ」
「こんな館に絵画があったの?」
「うん。なんか悪魔っぽい絵が描いてあったんだけど、通路の行き止まりなのに最奥じゃなくて、その横に飾ってあったんだよね。絵が面白くて、つい見ちゃったんだぁ」
「そうか」
シャーロットが男を惨殺したところを説明すると、瀬名は地図を広げて場所の確認をする。警備の数や、きょう自分たちが探索したルートを照合しながら、自分が訪れていない場所であることを確認した。
「うーん、よくわからないね」
「だよねぇ」
結局、絵画を飾るなど趣味でしかない。その趣味にまで手を出して考察をしていたら、この短期間で暗殺をするのは無理だ。
いったん絵画の話を後回しにして、瀬名は話を強引に戻すことにした。
「絵は後で考えてみるよ。話を戻すけど、殺すタイミングに関しては、アンに任せるしかないけど、シャーロット的にいい感じのタイミングがあれば、殺してもいいよ?」
「殺すときのタイミング、結局私の判断でいいの?」
「うん、指示待ちをしている間に殺せなくなったら大変だからね。殺人はできるタイミングでパッと行動して、チャッと終わらせるほうがいい」
「なるほど、確かにそうだね。じゃあ、私の判断で最終日に殺してもいいんだぁ~」
「連絡が来なかったら、どうしようもないからね」
あの男に関しては、どうあっても殺すしかない。悩むなら、行動あるのみだ。
瀬名はシャーロットにそう念押しすると、アンから来ていた連絡の共有を始めた。
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