第29話 館のボス

「ほう、なかなか威勢のいい少女じゃないか」

「あ、初めましてー!私、この館のボスになるおじさんに会いに来たんですけど、合っていますか?」


 扉の内側には会議室が広がっており、その奥にスーツ姿の男が一人机に肘をついて、シャーロットをじっと見つめていた。

 視線が厳しいわけでも、男がシャーロットのことを威圧している訳でもない。だがしかし、その場の空気はここまでシャーロットを案内してきた男が全力で圧をかけた時よりも、重たく苦しいものであった。

 しかしシャーロットは何も気にしない。この程度の威圧感など、日常茶飯事、この程度の圧力など何も感じない態度で示す。


「おいっ、馬鹿野郎!」

「何言ってるの?私は女の子だから、野郎って言葉は適切じゃないですよ?」

「くくっ、言われているぞ、君」

「ぐぬっ」


 変なところに反応するシャーロットだが、部屋の奥にいる男も冗談半分にその反応を楽しんでいた。今この空間で、あらゆる意味で一番弱いのはこの男だったからだ。


「さて、格付けも済んだことだし。君、下がっていいぞ」

「え?ですが......」


 シャーロットをここまで連れてきた男が、次の句を口にすることはなかった。その代わりに聞こえてきたのは、轟音とブシュッと何かが押しつぶされる音。犯人は言われるまでもなく、シャーロットであった。


「ほう、君は優秀だな」

「うーん、貴方もまともな人間じゃないことはよーーく理解できたよっ!ところでおじさん、お名前は?」

「おっと、これは失礼をしたね。お嬢さんを前に、自分から名乗りを上げないとは、これはこれは。とんだ失礼を」


 男が扉の向こう側で壁と一体化して、最早原型をとどめない域で潰れている事など意にも介さず、初めから男なんていなかったかのように、二人は会話を続ける。

 部屋の中に設置された、時代遅れな大きな振り子時計がタイミングよく鐘の音を鳴らした。


「私の名前は、毛利という。よろしく頼むよ、お嬢さん」

「なるほど、モーリさんね。私はシャーロット。ただのシャーロットだよ」

「了承した、それではシャーロット、具体的な話を始めようじゃないか。私のことは気軽に、毛利と呼んでくれたまえ」

「わかったよ、モーリ」


 この館のボスと、それを殺しに来たシャーロットの会談は、こうしてあっさりと実現してしまった。

 館の主である毛利は、シャーロットのことを再度冷静に分析するように見て、自分と対等に会話できる人材だと判断した。


「おじさん、面白いね」

「君にそう言っていただけるとは、光栄だね」


 毛利は笑いながら部屋の隅に備え付けられているソファに腰かけると、シャーロットにも座るように勧めるが、シャーロットは軽く首を振るだけで拒否した。

 毛利は不思議そうにシャーロットのほうを見るが、猫のように目を細めるだけで、シャーロットはそれ以上答えることはなかった。


「それで、君は私に何の用事があったのかね」

「うん?ああ、私を雇ってほしいなと思ってさ。三日間でいいんだけど」「たったの三日だけでいいのか?」

「うん」


 三日という、意味の理解できない期限付きの契約に、思わず首をかしげてしまう。その困惑を悟られないように、努めて感情を消した表情を作って対応した。


「三日という期限の理由を聞いてもいいか?」

「え?ああ、三日たったら私は別の場所に行くからだよ」

「別の場所?君の実力があれば確かに引く手あまただろうが………むしろ、何故このようなところに?」


 そう、男からしたら三日だけというアルバイト感覚で仕事をするという感覚が理解できなかったのだ。三日間でどれくらいのお金が飛んでいくのかは知らないが、その三日の間は自分の命の安全を買うことができるのだ。いくら支払っても安いものである。


「ああ、なんで三日だけ働くのかってこと?気が付いたら避難しないといけなくて、避難してきたんだけどさ。なることないじゃん?暇だから勝手に戦おうかなって思ってたら、さっき潰れた男がナンパしてきたんだよねぇ。だから、乗ってみたんだ」

「それはそれは、あいつも幸運だったな。だがしかし、こんなにも早く私のもとに連れてくるとは、その実力は遺憾なく披露されたってことなんだね」


 言外に「どれだけの人間うぃ好き勝手殺した?」と毛利は確認をとるが、シャーロットはその発言の意図まですべてを理解したうえで、怪しく笑った。

 目の前にいるこの男自体も馬鹿にするように、堂々と嘲笑った。


「さっきもそうだけど、実力を示せって言われて寸止めして意味があるの?殺すことに躊躇いがないから、そこに一切の油断がないから私たち殺し屋は強いんでしょ。そこで妥協するような、躊躇するような人間は殺し屋なんて向いてないんだよ」


 シャーロットに、妥協や甘えはない。生殺与奪の権利は常に自分が握っている。相手を確実に殺すために必要なことを、淡々と積み重ねれば相手を殺すことは簡単だと、シャーロットは断言する。

 力を示すことも同じ。必要なのは、自分の力を見せることであって、その力を無感情に、機械のように、必要であれば躊躇なくその手段をとることができると、証明することであった。


「これはこれは、確かにその通りだな。失敬した」

「別にいいよ、これは私のこだわりだしね。稀に血だまりの上に立ち尽くすことになって面倒だけど、血は洗えば落ちるでしょ?」

「その通りだな。私たちはいくつもの屍の上に立っているという事実を忘れてしまう。いや、これは一本取られたよ」


 毛利は努めて冷静に笑みを浮かべながらそう言った。

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