第28話 標的

「ちっ、とんだくそ女だったな」

「でもいいんですか?俺たちであの女を殺すって手段もありましたが」

「はっ!そんな夢を語る暇があるなら、死ななくてすむ方法を考えるんだな。あの女、俺たちを殺すことに何の抵抗もないし、そもそも障害だとすら認識してないんだよ。俺たちは、石ころですらねぇ」

「そんな馬鹿な」


 シャーロットとの会談を終えた男は、ドシドシと音を鳴らしながら明るく照らされた廊下を足早に移動していた。その後ろにはぴったりと、男の雇った護衛が付き添う。警戒心をむき出しにした状態で。

 男一人でも十分邪魔になるというのに、その周囲をがっちりと男たちが囲むので、男の集団を目撃した避難民はすぐに道の端によって視線を合わせないように俯いてよけていってしまう。


 シャーロットが与えた衝撃は、男たちの思考から周囲の状況を完全にシャットアウトするほどのもので、誰もその状況に気が付いてはいなかった。


「だったら、挑戦してみるか?首ちょんぱで済めば行けどな。俺は知らんぞ、そんな馬鹿な挑戦をする人間の面倒を見ることは、俺の仕事の中には含まれていないからな」

「そ、そこまでナンスか?」

「ああ、あれは次元が違うな」


 近くにいる屈強な男は、後ろから興味なさそうについてくるシャーロットを度々確認しながら歩く。この男は、全くと言っていいほどシャーロットの実力を信じていなかったし、シャーロットのこと自体を信用していなかった。

 シャーロットのことを信用していないことに関しては、男の雇用主も同じだった。最大の違いは、シャーロットの実力を正確に測ることができたかどうかである。


「まぁ、何でもいいか。試してみれば済む話」

「はぁ、好きにしろ。俺たちは先に行くからな」

「ええ、すぐに追いつきますよ。この女には、しっかりと上下関係を………」


 しかし、その男が自分の言葉を最後まで紡ぐことはなく、シャーロットと対面することすら許されなかった。


「「「えっ?」」」

「「「は?」」」


 一瞬だった。シャーロットの手が僅かに揺れた瞬間、その動きを確認できなかった男の命は終了した。丁寧に殺すことすら面倒だったのか、縦に真っ二つに割られた護衛の男は、切られたことを知覚すると同時に、痛みを感じることすらなく死んだ。

 ド派手に血しぶきが舞うが、その血しぶきを浴びるのは男の周囲にいた護衛たちと、雇い主であるまん丸と太った男だけ。


 目の前で血しぶきが上がっている、一人の男がグシャッと音を立てながら地面に沈んでいく様を、まるでゴミが捨てられたかのように無感情な視線で眺めると、シャーロットは一言だけ呟いた。


「まだやりたい人はいる?」

「いねぇよ」


 ノータイムで反論したのは、せめてもの矜持だった。この女は本当にヤバイ、絶対に関わってはいけない人間だった。


「ねぇ、おじさん。私は何を殺せばいいの?」

「ど、どういうことだ」

「自分の命が狙われていることを知っているんでしょ?だから、危険だと理解したうえで私に声をかけた。なら、その相手を殺しに行ったほうが早いでしょ」


 言外に、ここにいてもしょうがないからさっさと標的を教えろという事である。


 これは男たちにとっても朗報であった。今のように喧嘩を売ってしまえば、確実に殺されるのは自分たちである。束になって戦おうが、遠距離攻撃を持っていようが、その結末に何ら変化はない。敵の攻撃の初動を知覚できない時点で、すべての抵抗が無意味なのだから。


 自分の身の安全のために契約した少女が、その実一番危険であるという不思議な瞬間であった。


「お前が狙うべき標的は、死神だ。あいつが一番やばい。何より、俺たちのボスの命を狙っているという噂が立っている。なんでも、中で行われる会議の邪魔になるらしいが、俺たちには関係ないからな。そうなると、出しゃばってくるのは死神だろう」

「なら、私がそのボスのところに張り込んでおけばいいんだね」

「ふっ、奇しくもお前の目的と一致するなぁ」


 シャーロットの目的は、この館のボスと出会うこと。本来であればもっと時間がかかるはずだったが、恐怖心が上を行った結果である。

 いくらスラム街の出身でも、圧倒的な権力を持っていようとも、自分の命がたやすく刈り取られる状況に長時間さらされる環境は、耐えられそうもないらしい。

 身の危険を感じれば、寄生先すら容易に切り捨てるところを見るにこの男もなかなか食えない人間である。


「で、私はどこに行けばいいの?」

「安心しろ、今向かっている。おい、他のやつらはここで待機しておけ。ここから先は、その血にまみれた服で歩くことは許されん」


 護衛の男たちは、我先にと周囲へ散らばっていく。男は手短に上着のジャケットを脱ぎ捨てると、そのまま廊下にポイっと投げてから歩き始めた。


「え、道端に捨てて大丈夫なの?」

「ああ?どうせ、すぐにどっかのガキが持っていくんだろ?別に道に捨てようが、ごみ箱に捨てようが変わらん」

「でも、本当は汚したらダメなんじゃないの?」

「なんだ、いつになく饒舌じゃないか。どうしたんだ?」

「別に、あなたの護衛の命とかよりも、興味があるだけだよ。おじさんが護衛を引かせた場所から、一つ曲がり角を曲がった瞬間空気が変わった。それに、廊下の風景も一気に質素になった。けれど、明かりを見るにド派手にしてお金をかけているのをアピールするんじゃなくて、細部の彫刻にお金を掛けているのがすぐにわかる。確かに、この先にいるのはよほどのVIPなのは間違いないんだろうけど………。そんな道の前に、だれがゴミを取りに来るのかな?」

「チッ!これだから、勘のいい奴は嫌いなんだよ。あれはただの合図だ」


 男がそういった瞬間、後ろからはさっきまで一緒にいた男たちの悲鳴が廊下中に響き渡った。誰がどの声なのかはシャーロットには区別できなかったが、そもそも興味もなかった。

 それは、目の前にいる男も同じようでただただ不快そうに表情を歪めて、「うるさい奴らだ」と吐き捨てた。


「なるほどね、あなたの目的は初めから私一人だったんだね」

「いや、お前が殺したあの男も生かす予定だったんだよ。お前が殺さなければな」

「無用な人間だから仕方ないじゃん。無駄な自信なんて持っているだけで、損しかないでしょ」


 先ほど殺した男の存在は無駄でしかなかったとばっさりと切り捨ているシャーロットだが、それを聞いている男のほうも別段否定することはしなかった。


「違いない。お前のおかげで、俺も無駄な人材を紹介して怒られずに済んだからな」

「ならよかったよ」


 どこまでも無関心を貫く少女に、男は何か冷たいものを感じながらも、残り少ない付き合いだからと我慢して道を歩いた。

 しばしの沈黙の後、木製でありながら重厚感を感じさせるつくりをした大きな扉の前で男は立ち止った。


「あ、この扉の先にいるの?」

「ああ、その先の道と扉はすべてダミーだ」

「そっ」


 シャーロットはそれだけ言うと、無神経に、無警戒にその大きな扉を開けるのだった。

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