第27話 会談
男はジッとシャーロットの姿を見つめると、再度考える仕草をする。当然だが、考えていることは目の前に座っているシャーロットのことである。
シャーロットに依頼したい内容は決定しているし、彼女に依頼を出してそれを受理してもらうことになんら不満はない。むしろ、ここまでの問答ですでに彼女以外に適任者はいないと、そう思い込んですらいた。
「それでおじさん、私に何か依頼したいことがあるんでしょ?」
「話の早い人間は嫌いじゃないですよ」
男は歪んだ笑みを浮かべると、後ろに控えている男たちに合図を出した。合図を確認した彼のガードマンともいえる男たちは、行動をはじめた。すぐさま近くにいた夫婦と子供に、いくらかの金銭を支払いその場を去るように指示を出すと、何人か選別を行い同じように、お金を手渡していく。
お金を手渡された側の人間は、すぐに懐にお金をしまうとその場を立ち去るものや、さらに金銭を要求するべくその男たちの後ろをついていく者もいた。
完全にランダムで選ばれた幸運な者たちは、思い思いの行動を起こして最後と思われるその大金をどう使うのか、これから何をしていくのかに思考を傾けた。
「へぇー、そこまでするんだね」
「あんなはした金で、自分の身の安全を購入できるんですよ?安いものです」
「そうなんだ、それで?おじさんは私にどれくらいのお金をくれるの?」
自分の命の額はかなり高いぞ、とあらかじめ宣言するように吐いた男に対して、シャーロットはつまらなさそうに、質問した。
シャーロットがそんな反応をすることすら織り込み済みだったのか、男は懐から札束を取り出すと、指を3本立てた。
「これくらいでどうです?」
「へぇ、おじさんの命はその札束三つ分なんだね?」
「いえいえ、そうではありませんよ。これは、ほんの前金ですよ。五体満足で生き残ることができれば、2億。無傷で生還すれば3億、傷があっても生き残ることができれば1億は約束しますよ?」
その巨額な単位に対して、シャーロットは眉一つ動かすことなく言葉を続けた。
「ふぅ~ん、それで?」
「えっと……そ、それで、とは?報酬が足りなければ、まだまだお出しすることはできますよっ!?」
あまりに興味なく対応するシャーロットに、男は慌てて懐から更に幾つかの札束を取り出した。初めて大きく動揺して慌てる男だったが、シャーロットの態度は初めから常に変わることはない。
―――無関心
実際、この瞬間もシャーロットは瀬名から命令されたことしか頭の中にはなかったのだ。目の前に出された大金だって、そんな巨額の富が築けなくても自分は幸せに暮らせることを知っていた。であれば、別にそんな巨額の富なんて必要なかった。
目の前に出されたお金を失うことよりも、シャーロットにとっては瀬名からの信用と信頼を失うほうが何倍も怖かったのだ。
そんなシャーロットの心のうちなんて知る由もない男は、だんだんと金額を釣り上げていく。交渉の基礎だが、そもそも相手が同じ土俵に乗っていない時点で男の一人相撲でしかなかった。
「くそっ!一体、いくら払えば、お前は動くのだ!」
「そうだなぁ、私が欲しい情報を持ってきてくれたら……かな」
「ほう?情報が欲しいのか?」
ここに来て初めてシャーロットが意味深な視線を男に向ける。それを確かに感じ取って、先ほどまで下手に出ていた男も、交渉ができると確信を持てば、急に態度は変わった。
わざわざ自分の価値を下げる必要がないからだ。
「それで、何の情報が欲しいんだ?」
「この館の主の情報。どんな人間で、今どこにいて、何をしているのか。その正確な情報を知りたいんだあ」
「………なぜだ」
それまでの人のいい声とは一風し、底冷えするような、とても低い声で話す男。小さな少年少女であれば、その声音一つで震え上がらせる事ができるだろうその声を前に、普段と変わらない様子で答えた。
「ここでおじさんの警護をするよりも、もっと偉い人の警護をしたほうがお得でしょう?それに、気に入って貰えれば、安泰だしね」
「で?貴様はそれほどの実力があると?そもそも、そんなことを平気で抜かして、ここから生きて帰ることができると思っているのか?」
「何よおじさん、急に怖いなぁ」
急変した態度を貫く男の眼光は、どんどん厳しくなりシャーロットの目を捉えて一切離さない。視線だけで殺すのではないかというほど、眉間に皺を寄せてにらみつける男に、シャーロットは怯むことなく立ち向かった。
「あのさ、ここでおじさんが私に立ち向かっても勝ち目はないよ?絶対に私のほうが強いし、今は誰もいないから殺しても問題ないしね。というか、おじさんがお金持ちなことはみんなが把握したんだから、むしろ歓迎されるよ?」
「ちっ!」
男は大きく舌打ちすると、そのまん丸と太った体に張り付くように密着している服のポケットから一枚の紙きれを取り出した。
無言で突き出されるそれを、不承ながらも受け取ったシャーロットはその紙に視線を落として、バッと顔を上げた。
「おじさん、実は結構優良物件?」
「はっ、今更価値に気が付くのか?」
その紙に記入されていたのは、自分がこの館の中で、ボスの存在を知っている3人のうちの一人であるということ。そして、その確証を得ることができる証明書のようなものだった。
身分証と言っても過言ではないそれを渡されて、シャーロットは男の顔をすぐに確認したのである。
「うーん、価値が高いことは高いけど優先順位は低いよねぇ~。でも、そうだね。おじさんを足掛かりにしないと、そもそも会うことすらできそうにないから、いいよ。契約しようじゃない」
「なんだ、その妥協のような言い方は。こっちは別に契約してやらなくてもいいんだぞ」
「その条件で行くと、私のほうこそ別にいいよ?今ここであなたを徹底的に拷問して、死ぬより怖い思いをさせて、泣いて殺してくださいと懇願させて、その上で生きる希望を与えてあげる。でもね、私は優しいから、ちゃんと助かったと思った所で希望通り殺してあげるんだ。みんな、すっごく辛そうな顔をするけど、なんでだろうねぇ」
人を殺すのが好き、拷問するのが好き。そういった、変わり者であればスラム街や裏社会にいれば、たくさん出会うことになる。もちろん、男だってこれまで何度もそういった人間と契約し、時には利用して生きて来た。
だからこそわかる、この目の前の少女が言っていることが本気であり、人格が破綻しているとか、そういったレベルで生きていない人種なのだと。
「はっ、ここまで壊れているとはな」
「大丈夫だよ、おじさんのお腹ほどじゃないし。むしろ、どうやったらそんなきれいな球体になるのか不思議だよね」
「最高の食事を日に7回も食べれば、このように健康体になれるぞ。とはいっても、貴様は興味ないのだろうがな」
「うーん、というかおじさん、ついに自分を隠すのやめたんだね」
「意味ないだろう、そんなものは」
「まぁね!」
楽しそうな声とともに、グッドサインまで突き出すお墨付き。不満そうに顔を歪める男と、楽しそうにポーズをとる少女が対になっている様子は、周囲から見ればさぞ不気味なものだっただろう。
時代が時代であれば、通報待ったなしである。
「さて、お互いに上手に利用しあっていこうねっ!」
「こっちから願い下げだ」
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