第26話 不思議な男

「さーて、思わぬところで一人殺しちゃったけど、結局あの人何だったんだろ?私が殺さない解けない標的でもないし、騒ぎ声や動揺が周囲の人から感じないから、きっとお偉いさんではないし。聞いてみても、何も知ってそうな感じじゃなかったから、きっと殺しても問題ない人だけど……」


 うーん、と大げさに頭を抱えて考え込むシャーロットだが、しばらく考えた後に「まぁ、いいか」と考えることを放置した。 考えても結論の出ないことで自分の冷静さを見失っても、それはただの時間の無駄になってしまう。


 実はさっきの男を殺したのは完全にイレギュラーだった。男には説明する気も何もなかったが、本気でシャーロットは迷子だった。迷子になった理由は、三人の特徴的な見た目をしている人間を探していたからだが。その間に、自分の邪魔をしようとする人間を数人、思わず殺してしまったが、5分内に増援が来るとは想像もしていなかった。


 シャーロットは一度避難しているスラムの集団と合流すると、その中央付近まで移動して一度休憩することにした。学校と呼ばれる施設があった頃の講堂と呼ばれるような場所に集められた避難民は、スラムではめったに座ることができないようなきれいな椅子に感動している。大人子供関係なく、その椅子のフカフカさとその感触を楽しんでいる。


 子供たちなんて、その体験したことない感触にはしゃぎまわって、避難しているのか遊びに来ているのか。状況が呑み込めていないことは明らかだが、命の危機と言われているのに、元気いっぱいに遊びまわることができるソレは一種の才能である。


「ふぅ~~」


 中央付近の椅子深く腰掛けて、久々の休みにシャーロットは大きく息を吐いた。足を放り出し体もだらけ切っているが、アンとサツキの教育のたまものだろう。それでも、どこか気品と美しさを感じさせる姿勢は崩さない。


 だからこそ、そのイレギュラーは発生した。美しいものには棘があるというが、それ以上に様々な生命体を引き寄せてしまう。そして今回は、その特性が、この場において最悪のイレギュラーを引いたのである。


「やぁ、お隣いいかな」

「ああ、どうぞー」


 まん丸と太った汗をかいた、身なりが整っているにもかかわらずスラム街の人間と同じく嫌悪感を感じる男。男は、ほかにもいろんな席が空いている中、わざわざシャーロットの隣まで来てから椅子にドッカリと腰かけた。


「お嬢さんもおひとりで?」

「んー、どこから行くべきかな」

「おや、道に迷っているのですか?それとも、お連れさんがいらっしゃったので?」

「あっちのほうに行ってみようかな。いや、たぶんそれだとさっきの場所にたどり着いて終わりだよね」

「あ、あの?」


 男はシャーロットへ必死に声をかけるが、その声がシャーロットの中で反応するべきものとして認識されることはなかった。男が必死に声をかけている間も、シャーロットは一人で考え込んでいるからか、男に反応する価値を感じていないのか、考え事をしていた。


 実際のところ、シャーロットは男の存在に気が付いていることは勿論、男が自分に興味があって話しかけてきていることにも気が付いていた。しかし、対応する必要性を感じないから、眉一つ動かすことなく完全な無視を決め込んでいたのである。


「ここまでコケにされたのは初めてですよ………ねぇ、シャーロットさん?」

「ん?おじさん、どこかで会ったかな?」


 名前を呼ばれて、シャーロットは初めて反応をした。ただ、それは、必要になったから反応する、という優しいものではなかった。彼女の目が雄弁に語っていた。


 場合によっては、この場で殺すと。


「おや、やっと反応していただけましたか」

「うん、そこまで熱烈にアプローチされれば、多少の反応はするでしょ。でも、あんまりしないほうがいいよ?自分が強者であればその対応でも問題ないけど、おじさんが仮に弱かったら首がおさらばするんだよ?ここはスラムなんだから、注意しないと」

「ははは、それは申し訳ない」


 男の身なりは、どう考えてもスラム街の住人のそれではなかった。薄汚れた服でも、継ぎ接ぎのある服でも、サイズ違いの服でもなかった。

 男が身に着けているのは、真っ白の制服だった。学生が着ているようなそれではなく、どちらかというと軍部より。皴なくパリッとした、汚れ一つない服に身を包んだ男は、服装だけで権力者であることが一目で理解できるような服装だった。


「それで、おじさんはどんな用事があって私に声をかけたの?」

「おや、意外と乗り気なのかい?」

「おじさんこそ何を言ってるの?スラムの人間は、報酬次第で何でもやるんだよ?おじさんは私がそっち側の人間で、ある程度の汚れ仕事ができると踏んだから話しかけてきたんでしょ?」


 シャーロットの言葉に、男は大きく目を見開いて驚愕をあらわにした。それも当たりまえの反応だった。シャーロットは男を認識してから、一度しか表情を見ていないし、男のほうも努めてシャーロットの視界には入ろうとしなかったからだ。

 つまりシャーロットは男の声音などの情報から、男の目的をある程度推定したということだ。


「なるほど、これ大収穫かもしれませんね」

「そうだといいね!」


 シャーロットは、これまた楽しそうに笑うとその元気いっぱいの笑顔を男に向けて、ニッコリと嗤うのであった。

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