第21話 アンとレナ

 会議するためにレナの部屋に訪れた二人は、部屋の中に入り扉を閉めると早速向かい合った。


「さて、私たちの簡単な交流まこれくらいにして真面目に相談をさせていただいてもいいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 コホンと、小さく一息入れるとレナは落ち込んだように視線を下に向けた。これが隣にいるのがアンではなく、ただの男であったならば、目の前で自身の不幸を嘆く少女に思わず協力したくなってしまうだろう。


 だが目の前にいるのは普通の少女でも、男でもなかった。


 大衆の目から離れた瞬間、アンはレナの方を興味がないような視線を向ける。それまでも敬うような態度とは一変し、レナとは反対に一切の感情が抜け落ちた表情をする。


「で?そんな風に懇願すれば私がどんな反応をするのか見て、何か意味があるんですか?その無意味な行為と、この無駄な時間に対する支払いは追加で要求してもいいのですか?」

「あら、厄介ですね。さすがはアン様」


 今度は一変し、いつも通りの自信に満ちた声を出して、ニッコリと笑って見せるレナ。実際、レナからすればこの程度の境地で涙を流すことは愚か、対したプレッシャーにもなりえなかった。


「そもそも、あの会議でレナ様が責任を取っても問題なかったではありませんか。誰かに依存しなくとも、自由に操り、利用して、相手に気が付かせることなく誘導することだって可能でしょ?それに、あなたの実力があれば、言うことを聞かせるなんて容易なはずです」

「あらっ、人を見抜くことと相手を騙すことでは貴方のほうが何枚も上手でしょう?実際に私は、今のところあなたの本心に一つも触れることができないですし」


 「あらっ、そんなことありませんよ?」と言いながら、アンはその自慢の髪を一つ撫でた。たったそれだけの仕草なのに、アンがそうするだけで視線を集めて、目が離せなくなる。急に、映画のワンシーンのようになってしまうのだ。


 軽く頭を振って自分の精神状態を平常に戻すと、レナは冷静に言葉をつづけた。


「はぁ、貴方には何も通用しないんですね」

「いえいえ、戦闘になれば確実に殺されてしまいますからねぇ。私が勝てるところなんて、極僅かですよ?」

「そもそも、私と戦闘ができるという時点で異常であることに気が付いて下さい。私と対等に戦闘できる人なんて、滅多にいないんですよ?」


 レナと対等に1対1で戦闘できる人間なんて、この都市にはほとんど存在しない。剣の師匠も数年で追い越したし、その後も同年代の人間相手には一切の敗北は愚か、数回の武器を交えることすら許されない。

 極僅かとレナは言ったが、実際に出会ったのは初めてだった。


「そうなんですか?なら、私って意外と強者の部類に入るんですね」

「なんなんですか、この人......」


 半ば絶句しているレナを放置してアンは次の話をする準備をしていく。アンの頭の中にはこの場を切り抜けて、早く瀬名の元に帰る事しかなかった。

 正直、自分の戦闘力を見抜かれてそれを指摘されたことや、自分よりもレナが一部業界では劣っていることに関しては、特に関心がなかったのだ。


 そんなアンの心の内を知ってか知らずか、レナ自身も早くこの場を収めることを考えていた。初めて出会う、自分よりも圧倒的に優れた個所をもつ人間を前にして、正直なところレナはどのように対応したらいいのかわからなかったのだ。


「まぁ、今はいいです。これからお互いのことを知っていかばいいいのですから。具体的な内容を考えていきましょう」

「それは構わないけれど」


 アンは言葉を区切ると、一つため息を吐いた。


「本当にここでするの?」

「特に移動するメリットが感じないのですが……」

「はぁ、これだから万能の天才って人種は嫌いなの。もっと環境にこだわったほうがいいわよ。ほらっ、私が場所は用意しておくから移動するわよ」


 アンはレナの殺風景な部屋を一瞥すると、すぐさまに回れ右をして部屋を退出していく。レナの反応なんて聞く気もなければ、そもそもちゃんと付いてきているのか確認することもしなかった。


「なっ、ちょっと待ってください!!」


 慌てて部屋から飛び出したレナを見て、近くにいたメイドが驚きに目を見開いていたが、そんなことに構わずアンを追いかけるのだった。






「それで、どこに移動するつもりなんですか?」

「私が経営に関わっている場所で、会議に適した場所があります。適当に軽食でも摘まみながら、紅茶でも飲みながら話しましょう。あんな空気の詰まる場所で少数で考えていても、すぐに煮詰まって終わりますよ」

「そうかしら?自分の集中を阻害するものがなくていいと思うけど」


 この女はどこまでストイックなんだ……と、半ば呆れた視線を向けながらアンはこの日何度目になるのか、大きなため息をついた。


「中には、私の知り合いが居ますが気にしないでください。敵意はありませんから」

「そうですか。ですが、作戦を立案するというのに、その作戦を聞かれてしまって問題はありませんか?できれば、かかわる人間の数は最小限にしたい。それこそ、私たちだけで十分だと思ったのですが」


 レナの疑問はもっともだった。使えない大人たちと、腐敗している裕福な者たち。自分で考えることを放棄して、見せかけの幸せ、在りもしない平和を信じて疑わない市民。

 本来であれば、探偵の仕事は外界を調査して必要であれば機械兵を相手に苛烈な戦闘を繰り広げて、相手の戦力を徐々に削ることが仕事だったはずなのだ。

 それが今ではどうだ、城壁都市内部の安全を守る治安部隊に成り下がり、その平和維持も結局はスラムから連れてきた常識人を安い給料で働かせているだけである。当たり前だが、街中の平和なんて、一瞬で崩れ去るし、今はあの死神だっているのだ。


 大人の代わりになれる人間なんて、そんなにいない。元々自分ひとりで作戦を立案し、資金調達まで行い、最後の現場監督は責任事適当な人間に押し付ける算段だったのだ。

 それが、目の前に自分と同等の才能がありそうな人間がいるというのだから、これ以上は過剰戦力といえる。


 レナの中ではその方程式が成り立っていたのだが、アンからするとまだ甘いということなのだろう。少し可哀そうなものを見る目でレナのことを見ると、アンは言葉をつづけた。

 それは、レナの度肝を抜くには十分だった。


「中にいる人は私よりも頭がいいですよ。それこそ、レナ様に匹敵するのではないですかね?なので、心強い味方ですよ」

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