第9話 暗殺依頼

 薄暗い通りの裏で、血まみれの首を片手に、瀬名はシャーロットと落ち合っていた。シャーロットのほうも、両手両足が真っ赤に染まっており、敢えて足跡をつけて遊んでいる。


「瀬名様っ!今日の暗殺依頼です!」

「暗殺依頼をそんなに元気よく持ってくるのは、シャーロットだけだよね。それで、今回の依頼者は?」


 常人ではすぐさま発狂しそうなほど血の匂いが通りに充満する。パパッと服を着替えながら、瀬名とシャーロットは次の依頼を確認していく。

 二人とも今日すでに3人ほど殺人をしているが、シャーロットは楽しそうに次の依頼書を確認している。瀬名も顔を寄せて、次の任務がどんな難易度か確認していく。


「今回の依頼者は闇にいる人間です。ウォーロットですね」

「なるほどね」


 普段は統治層の人間からの依頼で行動することが多いが、ウォーロットとはなかなかに大物だ。今更闇組織の大ボスのことを恐れたり、死ぬのが怖くなったりもしない。

 ただ、大物と関わるとなると身分を偽ったり、殺しの瞬間を目撃されないようにしたりと、対策が面倒なのだ。


 プシャッと音を立てながら、手に持っていた生首を踏みつぶして、瀬名はそのまま靴を履き替えて裏通りから移動する。


「今回の相手は手練れって聞いてるけど、瀬名様どうするっ!?」

「そうだな、今回はシャーロットとサツキに一任してもいいか?」


 今回の依頼にかかる工数などを考慮した結果、瀬名は今回の依頼を自分で解決することを諦めたのだった。


 自分で暗殺をするよりも、目の前で目をルンルンと輝かせて待機している少女に花を持たせてあげた方が良いと判断した。


「ほんとうっ!?」

「ああ」


 少しだけ不安だったので、瀬名はサツキをサポートにつけたのだが、シャーロットはどこまで覚えているのか。


 少しだけ不安になりながらも、何とかなると思っている瀬名だった。







「それで瀬名様」

「なに?」

「今回の依頼ですが、正直言ってあまり気が進みません。ウォーロットの依頼とはいえ、今回の依頼はあまりに理がないのです」


 道理が通らない暗殺には気が向かない、とサツキは考えている。人を殺すことには何も感じないし、必要であれば感情的に人を殺すこともある。ただし、仕事で暗殺する以上は美学をもって殺す。


「まぁそうだな。でも、シャーロットがそろそろ爆発してしまう可能性があるだろ?最近は人を殺してなかったし」

「趣味が人殺しなんて、本当に変わった子に育ってしまいましたね」


 いったいどこで間違えたんだろうか.......と瀬名は考えるが、どっちにしろ殺しても問題ない人間はたくさんいるからいいか、と思考を終えた。

 サツキも同じことで悩んでいたのか、瀬名と全く同じタイミングで顔を上げるのだった。


「まぁ、考えても結果は結論は出ませんからね」

「いいじゃないか、人の趣味はそれぞれだし。拷問が趣味といわれると、流石に止めに入る必要があると思うけど、別に問題ないでしょ」

「ええ、処理だけはしっかりするように教育しておきましたからね」


 スラム街では人を殺したところで何一つ問題はない。流石に死体の山を構築して放置していると問題に発展する可能性があるけれど、シャーロットはそんなに酷いことはしない。場合によってはすることもあるが、シャーロットは殺すことが好きなだけなのだ。


 以前瀬名が死体の山を放置していた時は、一大騒ぎになった。三日で終息したとはいえ、三日間は行動制限が課せられたみたいだ。


 当の本人たちは、制限が出る前に中に侵入したので問題なく暮らすことができたけど。


「ぶー、そんな私が殺人鬼みたいな言い方をしなくてもいいじゃないっ!」

「仕方ないじゃないですか、私たちからすると人殺しが好きという感覚はあまりわからないので。必要だから人を殺す、ただそれだけです」

「確かに俺も人殺しを好んでやっていた時期があるけど、あれは一過性のものだったからなぁ」


 昔を思い出しながらしみじみと呟く瀬名だったが、途中で何か思いついたように空を見上げた。

 そして、誰もが予想できなかった一言を言い放った。 


「もしかしたら、シャーロットは心のどこかで殺人を嫌っているのかもしれないな」

「「えっ!?」」


 瀬名の発言に驚いたように反応する二人。瀬名はそんな二人の姿を横目に見つつも、言葉を続けるのだった。


「僕らが人を殺すのは、生き残る為だった。そのために、人を殺す必要があっただけで、別に好んで行う必要はない。でも、シャーロットにも、サツキにも、もちろんアンにも。僕は人を殺すことを強要した。みんな乗り越えたけど、心の片隅では罪悪感があって、罰せられることを望んでいるのかもしれない。その悲鳴に気が付いていながら無視しているだけなのか、それとも気が付いていないのか。それは俺にはわからないけど、もし殺人が嫌ならやめても構わない。実際、人を殺すことに関しては、既にアンもサツキも殆ど辞めてるでしょう?でも、シャーロットはそうやって生きていくしかなかった。無意識化でそう思って行動しているのなら、殺人を強要し続けていることになるからね。まぁ、ゆっくりと気長に考えてみるといい。人生は長いし、この生活には暇な時間はたくさんあるからな」

「そうですか......」

「うーん、心の声かぁ。よくわかんないなぁ」


 サツキは深く考え込んだ様子だったが、一方でシャーロットは少しも考える素振りすらなく、わからないと結論を出した。


「あんまり悩まいんだな」

「だって、私は今の生活が楽しいもんっ!」

「そうか」


 サツキは顎に手を当てて考え込んでいる様子だが、シャーロットは自分のことなのに本当に興味がないようで、瀬名と暗殺任務に関しての会議を始めようと、資料を見て考え始めた。


 ついたて小屋に一陣の風が吹き抜ける。外から入り込んだ風は、優しくサツキの肌を撫でた。優しく彼女を包み込んだ風は、そのまま無意味な葛藤を連れ去り、彼女を現実世界へと呼び戻す。


「作戦自体は、基本的にサツキが考えるんだよね?」

「ああ、相手の戦力を考慮してもシャーロット一人で物足りるだろう?むしろ、シャーロット一人で対応できない状況はまずないだろうからな」

「私は正面から暴れたいんだけど、どうすればさつきが許してくれるかな?」

「さぁ?サツキの計画だと、基本的に確実性を優先するからね。隠密行動が基本になるし、暗殺する人間の数も最適化されるからシャーロットの好みとは少し離れるもんな」


 サツキがいない会議では、真正面から突撃して皆殺しが一番早くて確実だ。という、安直かつ実質最適な作戦が選択されそうになっていた。

 作戦を立案して実行させる立場のサツキからすれば、自分の存在意義を揺らす一大事だ。


「でも、確実なことはわかってるからなぁ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「サツキ復活だぁ~」


 慌てて会議に入り込むサツキに、シャーロットは茶化しながらサツキの作戦に耳を傾けるのであった。


 瀬名と一緒に会議を進めながら、時折仲良く顔を見合わせては思い思いの意見を言い合う二人。二人の本質は、真逆の方向を向いているのだが険悪な仲ではない。


 暗殺チームとしては、心なく作戦を立てて、その作戦を確実に実行する実力を持つシャーロット。相性は最高である。

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