第8話 襲撃犯の終わり方

「なるほど、あなたがこのグループのリーダーですね。かなり練度が高いし、想像以上に統率が取れていましたね」

「そりゃあそうだろうさ。あたしが一切の妥協なく訓練したんだからね」

「「姉さんっ!」」


 音を鳴らしながら登場した姉と呼ばれる女性に対して、レナは冷静に状況を分析する。彼女が登場したことには、驚きはしていなかった。必ずボスは出てくると踏んでいたし、そこまで大きなグループであるとも考えていなかったからだ。


「構成員は全部で30人程度でしょうか?すでに半分は無力化しましたが、残りの人間はあなたの後ろで震えている方々と、なるほど。既に、何名かの人員が外部に逃げていますね」

「へぇ、そこまで一瞬でわかるものなのかね?これだから、天才様は嫌なんだよ」

「私のことは知っているようですね。自分が想像しているよりも有名人で、困ることがあるとは思いませんでした。せめて抑止力として働ければいいのですが、その効果もなさそうです」


 真正面にいる女性を目を細めて睨みつけながら、レナは一つため息をついた。大きな隙に見えるかもしれないが、誰も行動を起こさない。

 それどころか、リーダー格の女はそんなレナの態度を見て豪快に笑って見せた。


「あっははは!!なんだいこのお嬢様はっ!」

「なっ!何か変なことを言いましたか?」

「ああ、いったね!自分の存在が抑止力になる?そんな大それたことを考えていたなんて、想像もしなかったわ!!どうやったら、そんなバカみたいな夢物語をっ!!」


 極めて真剣な様子のレナを、女は高笑いをもってその発言を否定した。心底おかしそうに笑う彼女を前に、レナはただただ自分の不甲斐なさを呪うばかりだった。


 自分がもっと力を持っていれば。そう思わずにはいられなかった。


「わかっていますよ、私では実力不足であることくらい」

「何を言っているんだ、お嬢様。すべてを持って生まれたものが、何も持たなかった私たちのことを、どう理解するっていうんだ?自分の命が危ない?なに、そんなの当り前だろ?スラムで生まれれば、8歳を超えれば娼婦の仲間入りさ。それを免れたって、飢餓には勝てないからねぇ。どうせすぐに、別の犯罪に走るしかない。安心していいよ、お嬢様。あんたは確かに私たちゴロツキからすると脅威だ。とはいえ、それは死ぬ危険性があるという話ではない。今日の自分のご飯を食べるための障害なだけさっ!」


 両腕を広げて、まるで演説でもするかのように女は言った。彼女の発言に何一つ嘘偽りはなく、実際にスラム街で犯罪は当たり前。中には、人身売買紛いなことも行われていたりもする。

 わずかに生き残った人間が、こうして町まで下働きしに来ているのだが、最終的には目の前の集団のようにゴロツキとなることも少なくない。


 スラムという社会の闇は、レナが想像しているよりも100倍深いのである。そしてそこでの生活も、心の傷も、スラムで生きている人間にしか理解できないものだ。


「でも、ごめんなさい。確かにあなたの言うように私は、スラムの人間の事は理解できないし、実力だって正直不足している。それをわかったうえで、私は抑止力になると言っているのですよ」

「はっ!それはとんだおバカさんだな!」


 その咆哮を合図と言わんばかりに、一気に殺気が立ち込める。レナも拾った刀を再度構え直し、正眼に構えると一歩前に踏み出した。


「そのうえでそんな綺麗事を言ってのける時点で、世界の暗さも何も知らないおこちゃまなんだよっ!死にたくなければ、今すぐ投降しなっ!」

「それはこちらのセリフです」


 レナが返答するよりも早く、背後からの奇襲がレナを襲う。背後からレナを強襲した人数は5人だった。が、女が瞬きした後に地面に倒れこんでいた男の数は8人だった。


 背後からの強襲に合わせて両端から攻撃を仕掛けた男たちも、一刀のもとに切り伏せられ、地べたを這いずる結果になった。


「さて、これで残すところ少しですね。おとなしく降参することを推奨しますが、どうしますか?」

「ここまで圧倒的な実力があったのかい?それは、想像以上だ」

「そうですか、ありがとうございます。では、降参する気にはなられましたか?」


 刀に付着した血を振り払いながら、レナは淡々と無表情に言葉を紡ぐ。血なまぐさい現実、どこまで進もうと、どれだけ人類が栄えようと消える事の無い深い闇。


 レナの刀に付着したその血は、その闇の重さを語っているようで、実に不愉快だった。


「はっ、あたしらごみには用はないって?」

「それは私の仕事ではありません。すでに通報済みですし、普段はよくしてくれている衛兵さんも、この惨状では見逃してくれませんよ?」

「だろうね。最後に、あんたの名前をもう一度教えてもらいたいが、かまわないか?」


 どうせ捕まると観念したのか、女だけが殺気を抑えてレナへ一歩だけ歩み寄った。レナは女の言葉に頷いて返答をすると、刀を向けたまま言葉を紡ぐ。


「では、あなたの名前を聞いてもいいですか?」

「あたしは、ルインだ」

「そうですか、知っていると思いますが私はレナです。では、後のことは牢屋の中で話してくださいね」

「そりゃあ、遠慮願いたいこったねっ!」


 勢いよくレナへ襲い掛かるルインだったが、レナは冷静に対処して見せた。ルインの隠し持っていた投げナイフを冷静に弾き飛ばし、勢いそのままに突撃してくくる所を真正面からねじ伏せた。

 ドォンッ!という音を立てて、ルインは地面にめり込んだ。


「ま、まじかよ」

「確かに強かったですが、私にはまだ何歩も届きませんよ。その力が正しいことに使われたらよかったのですが......。考えても仕方ないですね、もうそろそろ警備も来るので、貴方達は無傷で捕まるのと、気絶してからロープでグルグル巻きで送られるのはどちらがいいですか?」


 レナの言葉に、その場にいた誰もがただ黙ってコクコクとうなずくのだった。

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