第7話 探偵見習の少女と襲撃犯

 レナと瀬名たちは、件の大衆食堂を出るとすぐに解散することになった。時間があればこのまま次のお店で......というところだったが、あいにくとレナには門限があったのだ。

 当たり前だが、スラムに暮らしている瀬名には門限の概念はないし、そもそも自宅という感覚すらない。スラムの家は定期的に乗っ取られるし、自分も乗っ取るので、家を固定して持つ、という話がないのだ。


「それじゃあ、私たちはこれで失礼させてもらいますね」

「こちらこそ、こんなお時間まで拘束してしまい申し訳ありませんでした」

「私たちもよい時間を過ごすことができたので、気にしないでください」

「またどこかでお会いしましょうね」

「ええ、その時は仲良くしていただけると嬉しいです。よろしくお願いしますね」


 そんな堅苦しい挨拶をする自分の姿を、ガラスに映し出された自分で確認して瀬名は自嘲気味に笑った。


「どうかしましたか?何か気に食わないことがありましたか!?」

「ああ、いや。なんだろうな、普通に生きていればこんな日常が尊く感じることもないのかって思うと、もったいないと思ってな」


 気が付いた時にはスラムにいた。まだ自我も芽生えないような年齢の頃に殺人を経験し、それからはひたすらに人を殺して生きてきた。

 自分の両手が汚れている、きれいであるなんて、ばかげた議論をする気はない。生きるために、生活するために必要なことを積み重ねてきただけなのだ。そこに、人の命がどうとか、正義だ悪だのそんな話は無駄だと瀬名は思っている。


 しかし、そんな人間がこうして食事をして普通の人間のように暮らしているように見えるとは。なんとも、おかしなものだ。


「ああ、本当にもったいないな」


 瀬名はもう一度笑ったが、そんな瀬名を見て、アンとサツキはただただ慌てるだけだった。唯一、レナと意気投合して話をしていたシャーロットだけが、頭に疑問符を浮かべた。

 なかなかカオスな状況が形成されるのであった。






「急がなければ」


 まずいですね、想像よりもだいぶ遅くなってしまいました。しかし、あのような場所で、ああやって人と食卓を囲み食べるご飯はあんなにもおいしいものなのですね。学院では絶対に学べませんが、こうして学生の身分でなければあのようなお店にも入れないですし。


 貴重な体験ができましたね。シャーロットさんとサツキさん、アンさん。それに、あまり会話することはできませんでしたが、瀬名さんでしたね。またいつか、一緒にご飯を食べたいものです。


 そんなことを考えながら道を走っていたからだろう。いや、それ以上に門限を過ぎているという状況が彼女の思考を少し危険な方向にシフトさせたのかもしれない。レナは、普段は通らないような近道をするルートを選択した。


「多少は危険ですが、問題ないでしょう。それよりも、今は早く家に戻らなければ。何か事件に巻き込まれたと勘違いされては困りますからね」


 ソレが、レナの首をめがけて振るわれたのはレナがその道に一歩足を踏み入れた瞬間だった。頭上からの完璧な死角からの一閃。並みの人間であれば、気が付くことなく首を撥ねられただろうが、レナは天才である。

 これは、相手が悪かったというほかない。


「なるほど、だからこの道は誰も通ろうとしないのですね。門限には確実に間に合いませんが、あなたのような存在を見捨てるわけにはいきません。ええ、これは私の義務なのですから」

「グゥッ!」


 言いながら、レナは襲い掛かってきた人間の鳩尾に一撃叩き込んだ。カランッと音を立てて、襲撃者が手にしていた曲刀が地面に落ちた。


「なるほど、あなたは女性でしたか。通報はしておきました、時期に警備の者があなたを捕えに来ますが安心してください。あなたは一人ではありませんから」


 レナは襲撃者が持っていた刀を引き抜くと、正眼に構えた。そのまま、一歩一歩地獄への道を歩いていく。上下左右を警戒しながら、決して歩みを止めることなくただ正面を見つめて歩みを進める。


「なるほど、無警戒に全員襲い掛かってくるようなことはありませんか。まれに、そういった集団に遭遇しますが、教育されて統率が取れていますね」


 呟きながら、レナは一度刀を鞘に仕舞うと一度歩みを止めた。堂々と道の真ん中で刀を抜き放つ構えをとると、一段と低くした声音で宣言したのであった。


「先に忠告します、この一撃は受けようがありません。必ず躱してくださいね」


 そういった瞬間。本当に刹那の間に、その刀は降りぬかれた。この場にいる誰も、彼女の動きを目視で確認できるものはいなかった。

 気が付くと彼女は刀を納刀しており、カチャンという音がしたと思うと、周囲にあった障害物が一斉に切られた。ドサッという音と共に、男女数人が転がり落ちる。


「なるほど、そこにいましたか」

「ちっ」


 障害物の一切が切り刻まれ、露になった襲撃者たちにレナは容赦なく襲い掛かる。


「おい、来るぞっ!!」

「かかれぇ!!」


 どこからともなく、眼前に姿を現した男たちをこれまた一瞬で落とすと、次々と男たちが襲い掛かってくる。使用武器も様々だが、その連携が大変すばらしい。

 近距離武器だけではなく、長物、そして拳銃と、しっかりとチームとして機能していたのである。


「これは、少し手間ですが問題ありませんね」


 一度大きく距離をとると、すかさず発砲される銃弾を刀で弾き飛ばす。驚いた表情をする男たちが正気に戻る前に、稼ぎ出した距離を一歩で詰めた。


「あなた方は後回しです」


 前衛をしていた男を回し蹴りで吹き飛ばすと、その勢いそのままに拳銃を持つ男に強襲をかけた。拳銃で応戦を試みた男だったが、レナは刀を抜くこともなく銃弾を見切って躱すと、鞘付きの一撃でその男を沈めた。


 男を沈めて、彼の護衛をしていた一団を瞬時に無力化する。地べたに這いつくばる屈強な男たちを見て、道の脇へ移動させようとしたところで、飛び跳ねるように視線を正面に向けた。


「?この方も女性でしたか。不思議なグループですね」


 レナからしたら正面、この道の先から一人の女性がカツカツと音を鳴らしながらゆっくりと歩いてくる。徐々に明らかになっていくその容姿を確認するより先に、女が口を開いた。


「そりゃあ、この組織のボスであるあたしが女だからねぇ」

「なるほど、あなたがこのグループのボスですか。少人数ながら、かなり強いと思いますよ。今回は相手が悪かった、そう思っておとなしく逮捕されてくださいね」


 道の奥から姿を現した女性に対して、レナは無感情にそう言い放った。

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