第3話 探偵と死神

「くそ、また死神にやられのか」

「はい、この犯行手口は奴だと考えて間違いありません。今回はどんな姿で侵入したのやら。相変わらず、何一つ手掛かりがないのです」


 死体を囲む男性たちは、皆一様に紺色の制服に身を包んでいた。彼らは探偵であり、昔の警察と似たようなものだ。都市の治安を守り、事件を解決する。大きな違いは、必要であれば殺人が許される身分であり、その大多数は統治層の人間で構成されているということだ。権力持つものが行う職業、それが探偵であった。


 そんな許された一部の身分、その中でも限られた才能を示した者しか入れない領域。そこに、真っ白の制服に身を包んだ一人の若い少女が姿を現す。


「なるほど、今回のターゲットがこの男ですか。犯行はやはり死神ですか?」

「ええ、しかし今回の事件も手口は不明ですね」


 少女は流れるように死体の確認を行うと、すぐさま確認作業に入る。死体の状態、部屋の惨状、侵入経路などを推察しながら、必要に応じて少女は探偵と会話を繰り広げる。


「今更考えても仕方のないことです、それで今回のターゲットの裏はどうですか?」

「ええ、今回も真っ黒でしたよ。汚職だけではなく、犯罪も数多くの証拠が残っていますね」

「そうですか」


 探偵と対等の立場で会話する少女だが、その制服が示す身分は探偵見習いである。

 探偵になるためには、探偵を育成するための学院を卒業する必要があり、彼女が着用している制服はその学校のものだった。


「彼女が噂の......」

「ああ、例の天才少女だよ。僅か13歳で、父親と共に犯罪組織を一つ壊滅させたというあの」


 「天才少女」「異才」「神の祝福を受けたもの」いろんな呼び名が彼女にはつけられているが、どれも彼女の才覚の高さに応じつけられたものだ。彼女の才能は一分野に特化することなく、幅広くその才を証明し続けている。


「ああ、因みに去年あったシャークを壊滅させたのも彼女だぜ。しかも、単独ときた」

「それは、凄まじいですね」


 彼女の名前は、レナ・オーガス。統治層に暮らす、名実ともにお嬢様だ。腰まで届く金髪を軽やかに揺らし、まだ成人もしていないにも関わらず、その整った顔つきは、その場にいた多くの異性の目を引いてしかたない。

 天才は、殺人現場の検証と質問を終わらせると一つの結論を導いた。


「やはり、死神の犯行でまず間違いないですね。今回も、先を越されてしまいましたか」

「先を越された、というのは?」

「このような汚職を見つけ、罰する為に私たちがいるのです。それを、死神という存在が好き勝手に代行されては、私たちの存在意義がありません」


 手にした資料をクシャッと歪めながら、レナはその整った顔を歪めて、悔しさを隠すことなく呟いた。

 死神の犯行であれば、仕方ない。それが、探偵の世界では共通認識だった。死神の犯行で殺される人間は殆どが屑ばかり。自分の代わりに、誰か知らないけれど、誰か代わりに裁く人間がいるなら助かる、という認識である。


 そんな甘い考えをしている探偵たちをよそに、レナはその怒りを隠すことなく、力強く宣言する。


「死神っ!必ず、私が逮捕して見せます」


 レナはその場を後にしながら、今一度力強く決意する。必ず、死神を捕まえてみせると。








 スラム街の一角にある、今にも崩れてしまいそうな小屋の中に、一人の少年が眠っていた。

 その隣には、真っ赤なドレスに身を包み銀髪碧眼の発育の良い美少女が傍仕えのように立っていた。少女は時折少年の顔を覗いては、幸せそうに微笑み、しばし周囲の警戒をするという行為を、ここ2時間ほどずっと繰り返していた。


「あっ、サツキ。瀬名様はもう起きた?」

「まだなのよ、シャーロット。今も気持ちよさそうに眠っているから、もう少し静かにして頂戴」

「OK~」


 サツキと呼ばれた少女とは対照的に、快活な印象を受ける少女。太陽のような笑顔を浮かべると、シャーロットは瀬名と呼ばれた少年が眠る横に腰かけた。

 シャーロットの服装は、ボロ布を身に纏いその下には彼女のボディラインが強調されるような、戦闘スーツを着用していた。


 スラム街の一角に、場違いな美少女が二人も集まり、まるで白雪姫が起きるのを待つかのように、眠っている少年を見つめる。


「んっ、なんだ二人とも。来ていたのか」


 シャーロットが訪れて数分、二人ともジッと少年の顔を見ていたが、ついに少年が目を覚ました。寝ぼけているのか、半目を開けたままボーっと周囲を軽く見渡す。


「おはようございます、瀬名様」

「おはよっ、瀬名様!」

「ああ、おはよ」


 ミシミシと音を立てながら、ベッドのような物の上から両足を地面に放り出し、靴を履きながら、二人と会話を始める。


「昨日も、お仕事でしたか?」

「うん、でもそこまで難しくはなかったんだ。ただ、帰りがけに絡まれてしまってね。面倒だから全部殺したんだけど、その後処理が大変だった」

「へー!じゃあ、あの死体の山は瀬名様が?」

「そうそう」


 物騒な会話をしているが、この三人でこのような会話は日常である。人を殺すことに対して、罪悪感どころかそれが悪いことだとすら思っていないような会話。常軌を逸していると思われても仕方ない。


 あの死体の山と言ってシャーロットが指さしたのは城塞都市の入り口の方角。今の場所からは見えないが、実は多くの衛兵が死んでいるということで、ひと騒ぎ発生しているのだ。


「私を呼んでくれたらよかったのに」

「君は別のところで仕事をしていただろ?ちゃんとサツキの指示に従って行動できたのか?」

「それに関しては問題ありませんでしたよ。アンが持ち帰ってくれた情報も、とても正確でしたからね。問題なく終了しました」

「よし、しばらくは仕事をせずにだらけることができそうだね」

「ええ、といっても元から仕事をする必要はないんですけどね」

「人殺しは、一回で得られる報酬が高いからね」


 少年たちの仕事は、人を殺すことだ。暗殺者であり、瀬名と呼ばれる黒髪黒目の中性的な顔立ちをした少年が、世間を騒がせている死神の正体。その事実は、本人を除くとここにいるメンバーと、アンと呼ばれた少女しか知らない事実だ。


「まぁ、ゴミはゴミ箱に。捨てるのに困ったごみは、粗大ごみにすればたいてい問題ないだろ?」

「そうですねっ!ゴミはきちんと処理していかないとっ!」

「まぁ、私たちは正義の味方ではありませんけれどね」


 サツキの一言に「違いない」というと、三人とも声を上げて笑うのであった。

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