第111話



 海賊船は光速航行に移ろうとしている。

ダフォーは、いつものように操舵輪を操りながら、


「座標位置ペガサス座、目標母星中性子星クロノス。徐々に光速航行へと移ります」


 艦橋は、いつものように落ち着いている。


「リー、体調は大丈夫か」


 船長のクロウが尋ねる。


「はい、この前は、有難うございました」


 その言葉を聞いて、艦橋内に居る、副長ウイス、迎撃隊隊長ルイス、砲術長キストの背中に悪寒が走るが、航海長ダフォーだけは冷静に操舵輪を掴んでいる。


「うん。それは良いんだが、光速航行は初めてだ。体調に異変があったら、遠慮せずに言ってくれ」


「体調は万全なのですが、また疑問が湧いてきたんですけど、質問しても良いですか?」


「ああ、構わないさ。光速移動から時空間移動に移るまでに聞いておこう。ゆっくりと航行方法を変えてはいるが、君の体調次第では、いつ気分が悪くなるかもしれない」


「あ、ありがとうございます。素粒子砲なんですけど、ジゼルの船は、あんなに大きな砲筒を持っていたにもかかわらずレプトン粒子エネルギーレベル10が最大でした。それに比べて、ルーナ号のエネルギーレベルは20と比較にならないレベルです。それが素粒子圧縮装置の働きであったとしても、素粒子運動の威力を考えると理論上は不可能のように思えるのですが?」


「なるほど、面白いところに気がついたね。ジゼルの船は実際にエネルギーレベル13くらいには素粒子を圧縮できていただろうと思う。我々が出したエネルギーレベルの数値は、レプトンが発射された時のエネルギーレベルで計算上のものだ。それに引き換え、この船のレプトン粒子のエネルギーレベルは20で、発射時の計算上も20だ」


「その違いを聞きたい」


「ズリ応力だ。全ての流動体には、内側壁面に対して摩擦が生じる。譬へば粘性物質が管を通過する時、壁面に対して渦を巻くような逆比例の応力が生じる。それによって管を通過する時の流動体の外側、要するに内腔壁面側は流れが遅くなり遅滞現象が起きる。しかし、より中心を流れている流動体はそのままの速さで流れることができる。それがジゼルの砲筒だ」


「ズリ応力のために、レプトンのエネルギーが削ぎ取られていく」


「そうだ、然し、我々の砲筒にはズリ応力は存在しない」


「管の内腔面を通る流動体が、内側壁面に対してズリ応力なしで通過できるとは思えない」


「その通りだ。リー、君はウォルフ・ライエ・スター現象を知っているか?」


「勿論です。ある星が水素からヘリウムになるための核融合を起こす。然し、その中心部が7億度を超えた時には酸素、ネオン、マグネシウム。更に30億度まで上昇すればシリコン、硫黄、アルゴン、カルシウム。50億度では、鉄元素が生み出される」


「その通りだ。そして更に凄まじい爆発が起こった時、鉄よりも重い60種類以上の元素が生まれる。その時に起きる現象を恒星風と呼んでいるね」


「ウォルフ・ライエ・スター。つまり恒星風と同じ爆発力で外側を剥ぎ取りながら推進していくので、ズリ応力に干渉されない」


「そうだ、更に言えば、我々の素粒子砲の筒の内側は、既に素粒子を集める仕組みになっている。

これは月面で君たちが見た小型超素粒子変換措置と同じ原理だ。その素粒子を剥ぎ取りながら飛んでいくエネルギーは、逆比例方向の影響を一切受けない」

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