第92話



 ニーナはパネルに示された通り、通路を渡ってルーの居室に行った。

ここだと分かると扉をノックする。

果たして、扉の小さな丸い窓から、黒い目が見えた。

中性子星に住む星人ほしびとは、一様に瞳が黒い。

常に飛び交っている大量の素粒子の所為だろうか、遮光のためのサングラスを置いたように深く黒い瞳をしている。

それでもニーナは、見慣れたルーの瞳を間違えはしなかった。


 扉が少し開き、


「やぁ、ニーナ」


 と聞き慣れた声がする。


「独房入りってどう言うこと?」


「それは個人の問題さ」


「部屋に入れてくれないの?」


「駄目だよ。言ったろ、今ここは独房なんだ」


「私には、引きこもりにしか見えないけれど」


 暫くして、ルーは諦めたかのように扉を開ける、


「分かったよニーナ、君には敵わないよ」


「ありがと。遠慮なく入らせてもらうわ」


 そう言うとニーナは、ほんの隙間くらいに開かれた扉をすり抜けるように、ルーの居室へ入って行った。

ルーは、机の前の椅子をニーナに渡して、自分は小さな折りたたみ式の椅子に腰掛けた。


「どう、気分は?」


「流石にね、有人の飛行船を撃ち落としたのは初めてだからね」


「そう、でも、あなたは間違ったことはしていないわ」


「ありがとう、そう言ってくれると救われるよ」


「みんな、そう思っているわ。だって、あなたのお父さんは、もっと大きな船を素粒子砲で破壊したのよ」


 ルーは俯いて、静かに笑っている。

その顔を見てニーナは、言い過ぎたか、と思う。


「あれは武器商人の船だ。間接的にも直接的にも数え切れない星人達を殺戮してきた」


 床を見つめながらルーが言う。


「ボルグと何処が違うのかしら。殺してきた人の数? 動機? 私にはどうでも良いことよ」


「そう言われると・・・」


「私は、あなたにお礼を言いに来たの」


「え?」


「勘違いをしないでほしい。私の代わりに敵討ちをしてくれたなんて思っちゃいないわ。あなたは私の気持ちを分かってくれた。その結果がどんなことになったかなんてどうでも構わない。行動に移そうとしたあなたの気持ちに感謝しているの。分かってルー、もしも誰かがあなたを非難しても私にとってあなたは救世主なの」


「ほんと? 助かるよ。ありがとう」


「お礼なんていらない。お礼を言わなければならいのは私なの。いいえ、謝罪しなければならばい。あなたにこんな思いまでさせてしまって。私が誰かを恨むような気持ちを持たなかったなら・・・・。御免なさい」


「そんな、謝ってもらおうなんて思ってないよ。そんなつもりでとった行動じゃない。謝られると辛いよ」


「ねぇ、ルー。それだったらこの部屋を出てちょうだい。勝手に決めた独房なんて出て、みんなと一緒に飛ぼうよ。この広い宇宙をみんなと一緒に飛ぼうよ」


 暫くの沈黙があったが、


「分かったよニーナ。ところで、温かいスープを飲まないかい? マギー特製のスープがあるんだ。一緒に食堂に行かないかい」


「ええ、喜んで」


「じゃ、独房を出よう」


「じゃなくて、あなたの部屋から出るの」


 二人は扉を開けて通路へと出た。


「ところで、そのマギー料理長の特性スープって名前はあるの?」


「過ぎ去りし時のスープ」


「今、作ったでしょ?」


「そんなことないよ」


「まぁ、まるでリーみたい」


「似てきたのかなぁ」


「あなたはあなたよ」


「リーとも飲みたいな、なんて言ったっけ・・・」


「過ぎ去りし優しさのスープ」


「そうだったっけ? まぁどうでもいいや、三人で飲もう」


「そう、じゃぁ私、彼を呼んでくるわ」


「うん、僕は先に行ってマギーになんて言ったか分からないスープを注文しておくよ」


 二人は次の三叉路で二手に分かれた。

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