第44話



 天文学教室の教授が電話の向こうで、うーん、と唸り声のような返事をする、


「君の言っていることが本当だとすると、月は既に別の生命体によって支配されていた事になる」


「私は、そこまで言うつもりは無いのですが、飽くまでも私個人の想像でしかないんです」


「その君の言う想像とやらは、とても興味深いんだけれどね。今までの人類の研究を大きく覆す事になる。今は想像だけにして、これからの調査団の発見を見守ろう。君の意見を仮説として発表するには、今は危険だ」


「ええ、私もそのつもりです。自分が手掛けている小型の超素粒子変換装置も、何も手をつけられないでいる状況ですので」


「それが良い。とにかく少し休んで、現地調査に行ってくれ」


「はい、今夜はゆっくりして、明日の朝にでも」


「いや、2、3日休んでからのほうが良い。君の仮説を検証してみたまえ。別の仮説が出てくるかもしれないし、君の仮説が揺るぎないものになるかもしれない。兎に角、この問題は、ゆっくり考えて行動するほうが良い」


「ええ、分かりました。そうします」


 教授が内線を切るのを待ってから、リーも回線を切る。

そして、また氷が溶けてしまった紹興酒を一口飲む。


 教授に話した内容を、もう一度考え直してみる。

少し突拍子もない構想であったかとも思う。

今更ではあるが。


 ルナリアン・ルームは、研究室ではなく、単なる中継地点。

何かの情報を流す中継地点である。

それも、永遠の波動エネルギーを誇る超素粒子変換装置を使って。

そして、その情報を傍受されないための防御網が張られていた。

その防御網に引っ掛かって近辺では送受信の障害が起きる。

現に、自分自身も、あのピクニックで経験済みだ。


 しかも、現在は送受信が上手く働き出している。

その現実に誰も気付いていない筈はない。

電子工学研究班は、それを予測しながら調査をしている筈だ。


 現地へ行く前に、工学チームの研究室に寄ってみよう。


 もしも、それが現実であったとしたら、この星の状況や情報は何処かに流れているはずだ。

何のために?

いや、それは仮説が真実であると分かってから考えるべきだ。

今は、調査結果を純粋に見つめる時だ。


 然し、もう一度考えてみよう。

送受信が上手く働き出している?

それは、あの扉の中に入るまで、もしかしたら、それまで、扉の中のコンピューターは動いていたと言うことか?

そうならば、コンピューターの電源が切れた時、どうして急に送受信が可能にならなったのか?

なるほど、そうか、遠く離れた場所に同じ様な装置があり、その装置が影響を与えていたのかもしれない。

それなら、回線が徐々に回復していったことに理由付けができる。


 リーは思う。

あの時、月面で迷子になった時、あの場所は何処であったのか。

行ってみなければならない。

セクター7からセクター2の間で迷子になったのだ。

もう一度、同じ場所へ行ける可能性はある。


 これで、いつの間にかナヴィゲーション・システムが働かなくなった理由も解決できそうだ。

然し、そんなことばかりもしていられない。

超素粒子変換装置が、何も手付かずの状態で現場から離れることはできない。

今は優先順位を大切にしないと、この調査班から外されるかもしれない。

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