第28話



 リーは第7セクター第2管理棟、研究所と言われている部署に来ている。

ここには図書室もあり、さまざまな分野の文献なども揃っている。

一般の雑誌も置かれているので、管理棟に関係のない住民でも、ここまでなら出入りができる。

リーは、自分の専門である素粒子の新しい文献を見ている。

暫く新しい情報を見ていたが、


「あれ以来、新しい発見や発明は無いな」


 と呟くと席を立ち図書室を後にする。

あれ以来というのは、素粒子変換装置に関する文献のことだ。


 部署に戻る前に、最上階のラウンジへ行き、珈琲を頼む。

第4管理棟の管理室に戻ると、


「今、戻りました」


 と声をかけながら自分の席に腰掛ける。


 相変わらず、超素粒子変換装置は淡々と仕事をこなしている。


 リーは両手を組んで頭の後ろに回すと、監視カメラを見る。


「今日もお疲れさん」


 と素粒子変換装置に声を掛ける。

その後ろで、


「誰にお疲れさんって言ってるんだい?」


 振り返れば、ルーがコーヒーカップを二つ持って立っている。


「やあ、君かい」


「ああ、僕だよ。さっき覗いてみたら、居なかったんでね。他の職員に聞いてみたら図書室に行ったって聞いたものだからさ。お勉強の後の珈琲でもと思ったんたけど要らぬお節介だったかな?」


「そうじゃないよ、珈琲なら、もうラウンジで飲んできたんだ。でも、せっかくだから頂くよ、どうせなら応接室へ行こう」


「それは良いね、くつろげる」


 二人は応接室に入ると、テーブルにコーヒーカップを置いた。


「素粒子物理学の博士さんは、何かためになる情報を得られたのかな?」


「いいや、今の素粒子物理学は休憩中のようだよ」


「物理の世界では、そろそろリー博士の登場を待ち望んでいるんじゃないのかな?」


「冗談はやめてくれ、このままで良いよ」


 そう言いながら、リーは黙り込む。

このところ黙り込むことが多いリーなので、最近ではルーの方がお喋りが多いように見える。


 リーは黙り込んだまま考える。

本当にこのままで良いのか?と。

毎日、モニターと一度も危険を知らせたことのないランプを見ているだけの生活。

最近になって湧いてきた疑問だ。

だからといって近年に発表されたどの論文を見ても、超素粒子変換装置を勉強していた頃のように心が躍るような発表を見れないでいる。


「天文学」


 と呟いてみる。


「今、何って言った?」


 とルーがびっくりしたように声を掛ける。


「いや、何んでもないんだ」


 そう言うとリーは再び瞑目する。


 学生時代の天文学専攻の友人に言われたことがある。

リーは、この友人の誘いで月への移住を決めた。

地球での出来事だ。

近所の公園で、夜空を眺めながらリーは言った、


「星って、何で出来ているんだろう?」


 彼は答えた。

ベンチの下に落ちている石を掴んで、


「この石を、あの空へ投げて、浮かんでしまえば、それも星、軌道に乗れば衛星、軌道に乗らなければ流星、っていうところかな?」


「そして落ちて仕舞えば隕石か」


 そう答えてはみたものの、友人の言葉を聞いて妙に納得がいったのを覚えている。


「何を考えているんだい?」


 ルーの言葉に


「昔のことさ」


 とリーが答える。


「地球に居た頃の友人なんだけどね、星の成分を聞いたらさ、石を拾って、こいつが宇宙に浮いたら、地球の石じゃなくて、星なんだって、そんなことを言った奴が居たのを思い出してね」


「分かるような気がするな」


「ああ、そうだね。ありがとう。珈琲も、ありがとう」


 二人は応接室を出て、各自の部署へ戻った。

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