第49話

「伝えないといけないことってなに?」


「それはな・・・」


 俺と麻里奈は唾を飲み込んだ。


「上坂が警察にお世話になった」


「そーなの?」


「ああ、そうだ。上坂は元日にうちの事務所に不法侵入したんだ」


 そういえば、バイト先の店長が不審者が侵入したって言ってた。まさか、麻里奈のお父さんの法律事務所だったとは・・・。


「だから、もう麻里奈のことをストーカーすることはないと思う」


「でも、またストーカーされるんじゃ・・・」


 麻里奈は不安げにそう言った。


「提訴すると言ったら、もう迷惑かけないのでどうにかお許しくださいって向こうの両親に言われたから大丈夫だろう」


 弁護士が言う提訴は一般人と違い、重みを感じる。


「提訴しないんだー」


「したところで自分の弁護をしたくないからな」


「そっかー」


「それでな・・・」


 麻里奈のお父さんはさっきより深刻そうな顔をした。


「何?」


 そう言って、麻里奈は不安そうな顔をする。


「こっちの家に戻ってこないか?」


「それで私と直人を呼んだの?」


「そうだ」


「直人は私が部屋から出て行ったらどー思う?」


 俺は正直、ずっと隣の部屋にいて欲しいと思っている。なぜなら、麻里奈がいるだけで毎日がキラキラしているような気がするからだ。しかし、麻里奈のお父さんの前でそんなことは言えない。何を言われるかわからないからだ。


「確かに、直人くんの意見も聞きたいな」


「お、俺ですか?」


「そうだ」


「麻里奈さん次第って感じです」


 俺は当たり障りのないことを言った。


「麻里奈はどうするんだ?」


「アパート解約して欲しい」


 麻里奈からその言葉が出た瞬間、俺は少し悲しかった。あれだけ一緒にいたいって言ってくれていたのに・・・。


「そうか」


「その代わり・・・」


「うちに来るんじゃないのか?」


「直人と二人で生活する」


「は?」


 思わず、俺は声が出てしまった。


「直人は私と同棲したくないの?」


「そ、そう言うわけじゃないけど・・・」


 そのやりとりを麻里奈のお父さんは険しい顔で聞いている。


「一緒に住むってどこにだ?」


「直人の部屋に決まってるじゃん」


「まあ、いいんじゃないか」


 あっさりとオッケーが出てしまった。俺は驚いた。もう少し反論されると思っていた。


「でもな、条件がある」


「どんな条件?」


「麻里奈の部屋のものを減らしなさい」


 俺と麻里奈はその条件を聞いてポカーンとしてしまった。


「そんなことでいいの?」


「そんなことって、麻里奈は服とか全く捨てないじゃないか。それに、直人くんの部屋のクローゼットに収まらないだろ?」


「直人と同棲するためだったら頑張る」


「麻里奈も変わったのね」


 ずっと黙っていた麻里奈のお母さんが口を開いた。


「じゃあ、明日の午後、俺が麻里奈の部屋に行くからな」


「わかった」


「勝手に話を進めてしまったが、直人くんはそれでいいか?」


「大丈夫です」


「二月に解約する予定だったからちょうどよかったよ」


「そうだったんですね」


 麻里奈の部屋は短期契約だったことを初めて知った。


「でも、二人で住むにしては狭くないか?」


「それがいいのー!」


 麻里奈はとても強くそう言った。


「そ、それならいいが・・・」


 そう言って、麻里奈のお父さんは黙り込んだ。


「そう言えば、帰りはどうするの?」

と麻里奈のお母さんが聞いてきた。


「タクシー呼べばいいんじゃないか?」


「お金かかるじゃない」


「タクシーチケット渡すから」


「そうね」


 そう言って、麻里奈のお父さんはポケットからスマホを取り出し、電話をし始めた。電話を切って


「タクシー呼んだから」


「あ、ありがとうございます」


「十分くらいで着くって言われたよ」


「わかりました」


 そういうと、麻里奈のお父さんは部屋から出て行った。


「じゃあ、あとは若い二人で」


 そう言って、麻里奈のお母さんも部屋から出て行った。


「これでやっと直人と一緒に暮らせるよー」


「そんなに一緒に居たかったの?」


「そーだよー」


「そっか」


「毎日直人と寝れるし」


「そ、それはちょっと・・・」


「でも、ダブルベットは部屋に置けないよ」


 寝室は三畳しかないから、シングルベットが限界だ。


「だから、あのベットで毎日一緒に寝よ」


「そ、そうだね」


 これからどんな生活になるのか予想がつかないから少し不安だ。でも、毎日麻里奈の顔を見ることができるからとても嬉しい。そんなことを思っていると


「タクシー、来たみたいだぞ」

と麻里奈のお父さんが部屋に入ってきた。


「じゃあ、私たちそろそろ帰るねー」


「ああ、じゃあまた明日な」


「お邪魔しました」


 そう言って、俺と麻里奈は家を出た。






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