第十章

第46話

 初詣の帰り、一か八かで不動産屋の前を通ってみた。すると、明かりがついてあった。


「もしかしたらやってるんじゃない?」


「そうかもしれない」


 俺と麻里奈は恐る恐る中に入ってみた。中に入って、鍵を無くしたことを伝えると、奥からスペアキーを出してきてくれた。これで一日ぶりに部屋に入ることができると安心していると、


「お客様は保証に入られてないので一万円お支払いください」

と言われた。


 正月早々痛い出費だが、部屋に入るためには仕方がない。渋々、財布から諭吉を取り出した。


「無くさないように気をつけてください」


「すみません」


 そう言って、俺と麻里奈は外に出た。そして、アパートに向かった。


「よかったねー」


「うん、でも一万円とられるとは思わなかった」


「私は保証に入ってたから取られなかったよー」


「そうだったんだ」


「でも・・・」


 麻里奈は俯きながらそう言った。


「どうしたの?」


「直人が私の部屋からいなくなっちゃうの悲しい」


「隣の部屋にいつもいるよ」


「でも、ずっと直人のそばに居れないよ」


「まあ、そうだけど・・・」


「直人と一緒に住めたらいいのになぁー」


「一緒に!?」


「うん、そうすればいつも一緒に寝れるよ」


「そ、それは・・・」


 毎日麻里奈と一緒に寝ることになったら、俺の理性はさらに崩壊してしまう。


「ねぇー、変なこと考えてたでしょー」


「べ、別に・・・」


「でも・・・、直人だったらいいよ」


 麻里奈は少し恥ずかしそうに言った。


「麻里奈のことは大切だからまだ変なことはしないよ」


「まだなんだー」


 麻里奈は笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。


「麻里奈の方が俺より変なこと考えてるじゃん」


「そ、そんなことないしー」


「動揺してるし」


「もうこの話おしまい」


 都合が悪くなったからか、麻里奈は話を打ち切った。


「そーいえば、直人は両親のところ行かないの?」


「行こうか悩んだけど、お父さん仕事って言ってたから」


「直人のお父さんって何してる人なのー?」


「駅員やってるよ」


「すごっ」


「そうなのかな?」


 俺の家系は鉄道業界に勤めている人が多いからあまり特別な感じがしない。


「駅員の転勤って大変なんでしょー?」


「お父さんは関東と東北が転勤の範囲らしい」


 あまり仕事の話をしない父だから詳しいことは知らない。


「そーなんだー」


「なんで麻里奈はそんなにくわしいの?」


「私のお兄ちゃんが鉄道オタクだからー」


「そうなの?」


「そーだよー。休みの日はローカル鉄道に乗ったりしてるし、就職も鉄道業界に入ろうとしてるみたい」


「電車が好きなんだね」


「度を過ぎてるような気もするけどねー」


 麻里奈は失笑しながら言った。


「麻里奈のお父さんは何してる人なの?」


「弁護士やってるよー」


「べ、弁護士!?」


 歩道で大きな声を出してしまった。


「そんなに驚くことー?」


「だ、だって司法試験に受からないといけないじゃん」


「お父さんは五回目で受かったらしいよー」


「すごいね」


「そーなのかな?」


 麻里奈は弁護士の凄さを理解してなさそうだ。


「まあ、忙しそうだけどねー」


「法律事務所に勤めてるの?」


「法律事務所の代表やってるよー」


「そうなんだ」


 俺は驚いた。法律事務所の代表ってことは相当お金持ちだろう。今まで、バイトしないでよく生活できるなと思っていたが、親の職業を聞いて納得した。


「もし、直人が浮気したら訴えることできるからねー」


「そ、そんなことしないよ」


「まあ、わかってるけどー」


「麻里奈のお父さんが弁護士だったら絶対に勝てないし・・・」


「確かにー」


 麻里奈は笑いながらそう言った。そんなことを話してたら、アパートに着いた。


「もー着いちゃったねー」


「なんか、麻里奈と一緒にいるとあっという間に一日が終わる気がする」


 もう辺りは薄暗くなっていた。


「私もそー感じる」


「一日がもう少し長ければいいのに・・・」


「確かにー」


 そんなことを言いながら、アパートの階段を登った。

 

「じゃーまたねー」


「うん、またね」


 そう言って、俺は部屋に入った。



 



 


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