第九章

第41話

 俺は葛西と別れ、アパートに向かっていた。時計を見ると、まだ午後六時だった。正月の所為だからか時の流れがゆっくりに感じる。コンビニで買ったコーヒーを飲みながらそんなことを思った。


 アパートに着き、バックから鍵を出そうとした。しかし、鍵が見つからない。ポケットの中も確認してみるが、スマホとワイヤレスイヤホンしか入っていなかった。三が日は不動産屋はやっていない。どうしようと思っていると


「直人、どうしたの?」

と出先から帰ってきたばかりの麻里奈が声をかけてきた。


「鍵無くしたかも・・・」


「嘘!?」


「多分、本当・・・」


「じゃあ、私の部屋くる?」


「いいの?」


「いいよ」


「本当にありがとう」


「別にいいよー」


 そう言って、麻里奈はドアを開けた。


「上がってー」


「お邪魔します・・・」


 俺は約一ヶ月ぶりに麻里奈の部屋に上がった。靴を脱いでリビングに入ると、ベリー系の香りがした。


「甘い匂いがしない?」


「これおいてるからかなー?」


 麻里奈は指差している方を向くと、スティックタイプの芳香剤だった。


「変かな?」


「ううん、いい匂いする」


「よかったー、男の人ってこういうの苦手な人多いから」


「そうなんだ」


 甘い匂いが好きな俺はとても居心地がいい匂いだ。


「直人の右手に持ってるのって何?」


「麻里奈にお土産買ってきたんだ」


「そうだったの!?」


「うん」


 俺はお土産の入った袋を渡した。


「人形焼だー」


「今日、葛西と浅草行ったときに買ってきた」


「ありがとー」


 麻里奈は嬉しそうに袋を開けた。


「一緒に食べよ」


「ありがとう」


 そういうと、麻里奈はお茶を入れにキッチンに行った。俺はもう一度バックの中を漁って鍵を見つけようとした。しかし、何度探しても見つからない。


「そんなに私の部屋に居たくないの?」


「そうじゃなくて・・・」


「鍵なんか探さないで私の部屋に泊まっていけばいいのに・・・」


「い、いいの?」


「そのつもりで部屋にあげたんだけど・・・」


「そうだったんだ」


 俺は麻里奈の部屋に泊まることになった。


「どこで寝ればいいかな?」


「私のベットでいいよー」


「麻里奈はどこで寝るの?」


「直人の隣に寝るに決まってるじゃん」


「そ、それは・・・」


「この前も一緒に寝たじゃん」


「そ、そうだね」


「だからいいよね?」


 麻里奈は上目遣いで問いかけてくる。


「う、うん」


「じゃあ、決定ねー」


 麻里奈と一緒のベットで寝ることになった。


「夕飯って食べたー?」


「まだ食べてない」


「おせちあるから一緒に食べない?」


「いいの?」


「うん。一人で食べきれないから」


 そう言って、麻里奈は冷蔵庫からおせちを取りに行った。


「昨日、お母さんからもらったんだー」


「いいお母さんだね」


「でも、量が多いんだよねー」


 そう言って、麻里奈は三段重をテーブルの上においた。


「立派な容器だね」


「デパートでおせち買ったときに入ってた容器みたい」


「そうなんだ」


 家であまりおせちを食べない家庭で育った俺は初めて三段重に入ったおせちを見た。


「食べよっかー」


「そうだね」


 俺と麻里奈はおせちを食べ始めた。


「めちゃくちゃ美味しい」


「そう言ってくれるとお母さんが喜ぶよ」


「麻里奈のお母さんに感謝しないとだね」


「今度はお母さんにも会ってほしいなー」


「そ、そっか・・・」


 麻里奈のお母さんも最初は高圧的な態度をとってくるのだろうか?


「お母さんはお父さんみたいなことは言わないと思うよー」


「そうなんだ」


 そのことを聞いて俺は安心した。


「お父さん、あんな態度取ってたけど、直人くんとの関係認めてくれたよ」


「そうなの!?」


 そういうと、麻里奈はスマホの画面を見せてきた。スマホに「直人くんとの恋愛を許す」とメッセージが送られていた。


「うん、私もびっくりしたー」


 これで麻里奈の両親に怯えることなく、付き合うことができる。そんなことを思っていると


「そういえば、明日初詣行く約束してたよねー?」

と麻里奈が聞いてきた、


「うん。どこの初詣に行くの?」


「駅前の神社でいいかなーって」


「いいね」


「たくさん露店も出てるみたいだよー」


「そうなんだ」


「私の友達のお父さんがその神社で的屋やってるんだよねー」


「じゃあ、そこで何か買おうか」


「そうだねー」


 そんなことを話しながら、おせちを食べた。


「なんか時の流れが速いねー」


 時計を見ると、午後八時になっていた。麻里奈の部屋に来てからもう二時間も経っていた。


「本当だ」


「直人といるといつもそうなんだよねー」


「俺も麻里奈といるといつもより速く感じる。一緒にいて心地いいからかなー?」


「でも、すぐ一日が終わっちゃうから寂しいかも・・・」


 確かに、麻里奈との甘い一日はあっという間に終わってしまう。一緒に住めば、時間なんて気にしないで甘い時間を過ごすことができるのに・・・。


 そんなことを思っていると


「あっ、ヤバい!」

と言って麻里奈がソファーから立ち上がった。


「どうしたの?」


「寝室が汚いかも・・・」


 そう言って、寝室に入って行った。そういえば、麻里奈の寝室に入るのは初めてだ。






 

 



 




 






 


 








 

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