第37話
俺と麻里奈はアパートに向かっていた。
「今日は突然ごめんね」
とても申し訳なさそうに言ってきた。
「大丈夫だよ」
「お父さんが失礼な態度とちゃって・・・」
「面白いお義父さんだね」
「どこら辺が?」
「そばの食べ方で褒めるところとか・・・」
「確かにー」
今日、初めて麻里奈は微笑んだ。蕎麦屋では張り詰めた顔をしていたから相当、緊張していたのだろう。
「そういえば、年越しはアパートにいるの?」
「うん、あんまり長くいてもなぁーって」
「そうなんだ」
「あと、直人に会いたかったからー」
久しぶりに聞いた麻里奈の甘い台詞にドキッとしてしまった。
「私に会えて嬉しい?」
「うん、すごく嬉しいよ」
そう言って、俺は麻里奈と手を繋いだ。
「手、冷たいね」
多分、麻里奈は体温が低いのだろう。
「直人の手は温かいなー」
「そうかな?」
そういうと、両手で俺の右手を握ってきた。そのせいで立ち止まってしまった。
「ど、どうした?」
「ずっと、握っていたいなー」
「こ、ここだとみんなに見られるよ・・・」
「渋谷で大胆に告白してくれた人が言うことかなー?」
それを言われたら言い返せない。
「寒いから部屋に戻ろうよ」
「直人が寒いなら仕方ないなー」
麻里奈は片方の手を俺から離した。そして、アパートに向かい始めた。
・・・
アパートに着き、部屋に入ろうとすると、
「一緒に年越ししない?」
と麻里奈が聞いてきた。
「いいけど、まだ四時間くらいあるよ?」
「一緒に紅白見ようよ!」
「わ、わかった」
そう言うと、麻里奈が部屋に入ってきた。
「勉強してたんだー」
「課題をやっただけだよ」
「私なんて一切やってないよー」
「そうなんだ」
俺はテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、テレビの電源をつけた。
「紅白やってる?」
「うん、今つけたよ」
俺と麻里奈は横並びに座って紅白を見始めた。今までは紅白を見ていてあまり面白いと思わなかったが、今年は麻里奈と一緒に見ているから楽しい。そんなことを思っていると、
「ねえ、これって・・・?」
そう言って、麻里奈は両親から届いた段ボールを指差した。
「年越しそばが届いたんだよね」
「そうだったんだー」
「夜、食べようかなってお待ってたんだけど、ご馳走になったから」
「お父さんがごめんね」
「大丈夫だよ」
そう言ったが、消費期限が明日までだったと思った。今日中に食べないと処分することになってしまう。
「二人で食べない?」
「うん、食べよー」
そう言って、俺はキッチンに立った。水の入った鍋に火をかけ始めると
「私も手伝うよー」
と麻里奈がキッチンにきた。
「ありがとう」
麻里奈は率先してそばを茹で始めた。俺は棚からどんぶりを出し、台所に置いた。
「これって何そばなのー?」
「鴨そばって書いてあったよ」
「鴨そばなんて久しぶりだなー」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんがそば食べられないからあんまり食べないんだよね」
だから、麻里奈のお父さんは機嫌が良かったのだろうか?
「私、盛り付けやってもいい?」
「うん。いいよ」
そう言うと、麻里奈は丼に茹でた蕎麦と汁を入れ始めた。普段から料理をしているからか、手際はとてもいい。
「できたー」
台所を見ると、お店みたいな盛り付けの鴨蕎麦があった。
「お店みたいだね」
「でしょー」
俺と麻里奈は、ローテーブルに鴨蕎麦を持って行った。そして横並びになって、鴨そばを食べ始めた。
「おいしー」
「おいしいね」
「直人と一緒に作ったからかなー?」
「そうかも」
「そうかもって鴨とかけてるのー?」
「た、たまたまだよ」
「わかってるって」
そう言った麻里奈の顔を見ると、今日一番の笑顔だった。その笑顔を見て安心した。
「な、なんでそんなにジロジロ見てくるの?」
麻里奈が恥ずかしそうに言ってくる。
「笑顔が可愛いなーって」
「そ、そんなこと急に言わないで。ほ、ほら、そばが伸びるよー」
「そうだね」
俺は恥ずかしがる麻里奈を横目に蕎麦を啜った。
蕎麦を食べ終えた、俺と麻里奈はずっとたわいない話をしていた。そんなことをしているとあっという間に時間が流れ、時計を見ると年越し五分前になっていた。
「そういえば、どっちが勝ったのー?」
「ごめん、全然みてなかった」
「後でネットで見ればいいかー」
「今年は色々とありがとう」
そう言うと、麻里奈は少し驚いていた。
「急にどうしたのー?」
「年越し五分前だから」
「やばっ、もうそんな時間!?」
麻里奈はとても驚いている。
「私こそ、楽しい思い出を作ってくれてありがとー」
「来年もよろしくね」
「うん、よろしくー」
その会話を終えたと同時に、日付が変わった。
「年越したね」
「あけおめー」
「あけおめ」
そう言って、麻里奈は俺に抱きついてきた。
「急にどうしたの?」
「今年、初ハグ」
「そ、そうだね」
そう言うと、麻里奈は何かを求める顔をした。
「ど、どうした?」
「キ、キスしてほしい」
そう言われ、俺は麻里奈にキスをした。
「今年、初キスだね」
麻里奈は恥ずかしげなくそんなことを言ってくる。
「そ、そうだね」
俺はしばらく放心状態だった。すると
「そろそろ、帰ろっかなー」
という声がした。
「帰るの?」
「うん」
そう言って、麻里奈は玄関に行った。俺はその跡をついて行った。すると、麻里奈は俺の玄関で立ち止まった。
「どうした?」
「二日って空いてるー?」
「今のところ空いてるけど」
「初詣に行かない?」
「いいよ」
「本当は元旦にいきたかったんだけど、菜々子との予定が入っちゃったから」
「俺も予定入ってたからちょうど良かった」
「じゃあ、またね」
「またね」
そう言うと、麻里奈は俺の部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます