第八章

第36話

 大晦日、俺は学校の課題に追われていた。麻里奈とのクリスマスデートの余韻が残りすぎていて、現実世界のことを忘れていた。十二時前、ほとんどの課題を終えることができた。


 一息ついて昼食を作ろうと思った時、インターホンが鳴り響いた。玄関を開けると、宅配便の人だった。

 

 荷物を受け取って開けてみると両親の手紙が入っていた。


「直人へ


 年越しそばセットを送りました。麻里奈ちゃんと一緒に食べてね!


                                       by母」


 そばを買っていなかったからありがたいと思っていたが、麻里奈の分まで送ってくるとは・・・。相当、麻里奈のことを気に入ったみたいだ。麻里奈は二十八日からしばらく実家に帰っているからいない。一人で二人分食べるか。



・・・



 夜、鍋に水を入れて火をかけ始めると、インターホンが鳴り響いた。付けたばかりだがコンロの火を消した。一日に二回もなるなんて珍しいと思いながら玄関を開けると、麻里奈と黒のスーツを着た人がいた。この前、麻里奈の部屋から出てきた人だと思っていると


「君が鈴木直人くんかね?」

と聞いてきた。


「そ、そうです」


 そういうと、鋭い目つきで俺のことを見てくる。何かやらかしてしまっただろうか?そんなことを思っていると


「お父さん、あんまり直人くんを驚かさないで!」


「うーん」


 麻里奈のお父さんはとても考え込んでいる。何を言われるのかドキドキしていると、


「ちょっと、そこの蕎麦屋に行かないか?」


 予想もしていなかった言葉に驚いた。蕎麦屋ってあの蕎麦屋だよな?


「わ、わかりました」


 俺は財布を持って玄関を出た。


 蕎麦屋までの道のりが少し気まずい。なぜなら、誰一人言葉を発さないからだ。米村親子のどちらかが話してくれないかなと思っているうちに蕎麦屋に着いた。


 席に着くと、


「ここのそばが一番うまいんだよな」

と麻里奈のお父さんが言った。


「そ、そうなんですね」


 どう返すべきか変わらないから、適当に相槌を打つことにした。隣に座った麻里奈が耳元で


「お父さんがごめん」

と囁いてきた。


「だ、大丈夫だよ」


「二人は何を食べる?」


 麻里奈のお父さんはメニューを俺と麻里奈にむけてくれた。


「お父さんはどれにするの?」


「俺は海老天そばにする」


「じゃあ、私もそれにする」


「直人くんはどうする?」


「お、俺も海老天そばでお願いします」


 緊張しすぎて、メニューを見る余裕すらなかった。


「直人くんはいつから麻里奈と付き合っているのかい?」


「今月の二十四日から付き合い始めました」


「今日で一週間か・・・」


 また考え込んでいる。あと何回この顔を見ればいいのだろうか。


「麻里奈のどこが好きになったんだ?」


「や、優しいところです」


「例えばどんなこと?」


 問い詰めるように麻里奈のお父さんは聞いてくる。


「こんな俺に毎日お弁当を作ってくれることです」


「お、お弁当!?」


 目を大きくして麻里奈のお父さんは言った。


「わ、私が勝手にしてることだから・・・」


「麻里奈はちょっと静かにしてなさい」


「さっきからお父さん、直人に態度デカすぎ」


「どこの馬の骨かわからない奴に取る態度なんか無い」


 娘にここまでいう親を初めてみた俺は少し震えていた。思い空気の中。


「海老天そばです」

と言って店の人が持ってきた。


「とりあえず食べるか」


「そ、そうですね」


 そう言って、一斉に食べ始める。俺はいつもの癖で勢いよくそばを啜ってしまった。すると


「直人くん・・・」


 麻里奈のお父さんが鋭い視線で何かを言ってきそうだ。何を言われるのかドキドキしていると


「そばの食べ方わかってるねー」


「あ、ありがとうございます」


「直人くんのこと気に入ったよ」


 よくわからないが、麻里奈のお父さんからお墨付きをいただいた。


「麻里奈と仲よくやってくれ」


 そう言って、麻里奈のお父さんは俺より大きな音でそばを啜り始めた。


 そばの食べ方で人間性を判断されるとは思わなかった。俺は、残りのそばを食べ始めた。


 そばを食べている間、麻里奈のお父さんがそばの食べ方について熱く語っている。


「そばは食べるんじゃなくて啜るっていうんだよな」


「香りを楽しむためですよね」


 俺は知っている知識を振り絞って話に入った。


「直人くんはよくわかってるねー」


 先ほどまでの張り詰めた空気は打って変わり、アットホームな感じになった。


 食事を終え、財布をポケットから出そうとすると、


「俺が出すからいいよ」

と言ってきた。


「そんなわけには・・・」


「奢らせてくれ」


「あ、ありがとうございます」


 さっきまでの様子が嘘みたいだ。まさか、こんな展開になるとは思っていなかった。


 店の外に出ると、麻里奈のお父さんはスマホを出して


「連絡先教えてくれないか?」

と言ってきた。


「い、いいですよ」


 俺は麻里奈のお父さんといつでも連絡が取れる状態になった。


「近いうち、一緒の蕎麦を食べに行こう」


「いいですね」


 なんとか麻里奈のお父さんに嫌われないで済んだからよかった。


「タクシーで帰る?」


 そう言って、麻里奈のお父さんはタクシーチケットをバックから出した


「あ、歩いて帰ります」


「そうか、じゃあ麻里奈も歩いて帰る?」


「うん、直人と一緒に帰る」


「じゃあ、俺は迎えが来るから。気をつけて帰ってね」


「ありがとうございました」


 そう言って、俺と麻里奈はアパートの方に歩き始めた。



 






 

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