第9話
朝八時、今日はもう支度を済ませた。昨日の俺がおかしかっただけでいつもはこのくらいに支度は終わっている。
ドアを開けると、米村さんがお弁当を持って待っていた。
「持ってきたよー」
「ありがとう」
米村さんからもらったお弁当箱は少し暖かかった。多分、作りたてなのだろう。
「じゃあ、また学校でね」
「うん」
そう言うと、米村さんは学校に向かって行った。俺は、リュックにお弁当を詰め、家を出た。今日は、いつも以上に風が強く、なかなか前に進まない。すると、俺が自転車で漕いでいる横をスクールバスが軽々と抜かしていく。俺もバス通学がいいなーとつくづく思った。
自転車置き場に自転車を置いて、昇降口に向かっている途中、
「今日は早いじゃん」
と葛西が声をかけてきた。
「昨日が異常なだけだから」
•••
昼休み、俺と葛西は屋上で昼食をとっていた。
「いいなー」
「何が?」
「わかってて聞くな」
今日も俺は、米村さんが作ったお弁当を食べている。今日もとても美味しい。箸が止まらない。葛西がとても羨ましそうな顔をして見てくる。
「そんなに見るなって」
「いいなー」
「お前だって、今日は弁当じゃん」
「母さんが作った弁当と米村さんが作った弁当を比べるな」
高校に入ってから母親の弁当を食べてことがないやつに放つ言葉かと思った。俺からしたら、ある意味葛西が羨ましい。そんなことを思っていると
「今日の放課後空いてる?」
と聞いてきた。
「ごめん、バイトが入ってる」
「そっか、お前いつもバイトじゃん」
「しょうがないじゃん、人手不足なんだから」
「まあ、頑張れ」
スマホを見ると、一時二十五分だった。
「そろそろ教室に戻るか」
「そうだな」
俺と葛西は、授業前に教室に戻った。
・・・
学校が終わり、俺はバイト先のコンビニに直行した。コンビニの裏に自転車を止めて、店内に入る。すると、店長がぐったりとした様子で俺を見つめてきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言うが、目の下には隈ができている。多分、人手不足で寝ずに店番をしていたのだろう。
「とりあえず、着替えてきて」
そう言われ、俺は制服から着替えた。着替えて、レジに行くと米村さんがいた。
「な、なんでいるの?」
「お弁当箱もらいにきたのー」
そう言われて、俺はバックヤードに行き、リュックからお弁当箱を出し、米村さんに渡した。
「今日も美味しかった」
「よかったー」
そんな話をしていると、隣町の高校の制服を着た男の人が店に入ってきた。米村さんは、その男の人を見て青ざめた顔をしている。
「米村さん、どうかした?」
そう聞くと、
「あっ、やっぱり麻里奈じゃん」
「なんでここに・・・」
「彼氏にそんなこと言うなよ。やっと見つけたんだから」
その男の人は、多分、米村さんの元彼だろう。センター分けで鋭い目、そして身長が俺より高いから百八十センチくらいある。
「あなたとは別れたって」
米村さんは、震えながらそう言った。
「あのー」
「なんだお前?」
高圧的な態度で少し怖い。
「後ろに人並んでるんで・・・」
「ああ、わりー」
そう言うと、米村さんの元彼は、店を出て行った。
「なんか揉めてたけどどうしたー?」
店長が目を擦りながら、バックヤードから出てきた。
「変な客が来て」
「そうかー」
そう言ってまた店長は、バックヤードに戻って行った。
「さっき人って、米川さんの元彼?」
「そう、上坂哲也っていう人なんだけど」
「そうなんだ」
「今年の夏休み明けに別れたんだけど、別れた後、私の跡を追いかけて来て・・・」
上坂は米村さんをストーカーをしていたってことか。だから、あんなに震えていたんだ。
「警察には、相談したの?」
「したんだけど、実害が出てないから協力できないって言われて」
実害が出てからだと遅いのに。日本の警察は、使い物にならないな。
「だから、私アパートに引っ越して来たんだ」
「そうだったんだ」
だから、十一月という変な時期に引っ越して来たんだ。少しずつ、米村さんのことがわかってきた。
「今まで黙っててごめんね」
「別に、俺も聞かなかったし」
俺と米村さんの間に長い沈黙が流れた。
「じゃあ、私帰るね」
「あ、うん。気をつけてね」
そう言って、俺は米村さんを見送った。
その様子を見ていた、バイトの先輩の天野さんが
「葛西くん、男らしかったね」
「そんなことないですよ」
「いやいや、俺ならあんなふうに追い返せないね」
そう言うが、天野さんは高校時代、かなりヤンチャをしていたみたいだ。大学に入ってから牙が抜けてこんなに丸くなったと店長が言っていた。
「鈴木は何時までだっけ?」
「九時までです」
「そっか、八時までだから変わろうか?」
「いいんですか?」
「いいよ。明日全休だし」
「じゃあ、お願いします」
「あいよ」
俺は、天野さんとシフトを変えてもらった。
・・・
午後八時、俺はバイトを終え、自転車でアパートに向かっていた。今日は、あまり客が来なかったから比較的バイトは楽だった。しかし、棚おろしがあったりしたから決して暇だったわけではない。北風に吹かれながら、人気のない道を通りアパートに着いた。
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