今日のジュース、いくら?
古野ジョン
今日のジュース、いくら?
今日もまた、七月十日か。
朝起き上がっても、このことに驚くことは無くなった。
いつものように着替えをして、歯を磨く。
ゆっくり朝食を食べて、家を出た。
学校までの道を歩く。
すれ違う人の顔、横を掠める車。
何一つ変わらない。
俺の名前は佐藤陽太。
高校二年生だ。
これといった特徴があるわけでもなく、どこにでもいる高校生って感じだ。
だが、一つだけ違うことがある。
ここ最近、ひたすら七月十日を繰り返してるってことだ。
最初は驚いた。
朝起きてテレビをつけたら、全く同じニュース。
全く同じ朝食。
全く同じ通学路。
何が起こっているのか分からなかった。
けど、このループももう数十回繰り返した。
いい加減、慣れてきた。
もちろん、いつまでもこんなループが続くのはごめんだが、解決策が何もないから仕方ない。
俺は高校に着いた。
いつも通り、校門の近くにある自販機でペットボトルのお茶を買う。
これはループが始まる前からの習慣だ。
お金を自販機に入れて、お茶のボタンに手を伸ばそうとした。
ちゃりん。
すると、開きっぱなしだった財布から小銭が落ちてしまった。
俺はしゃがんでそれを拾った。
あれ?
オレンジジュースの値段が、ループ前より上がっている。
なるほど、オレンジジュースのボタンは自販機の一番左下だ。
お茶のボタンは右上だからな。
こうやってしゃがまない限り、気づかなかったかもな。
俺は拾った小銭をしまい、お茶のボタンを押した。
教室に入り、適当に友人たちと駄弁る。
どのループでも全く同じ会話。
勉強の話、アイドルの話、野球の話。
だが、今日は違った。
友人のうちの一人が、妙なことを言いだした。
「なあ、もしも今日死ぬってなったらどうする?」
「なんだよ、藪から棒に?」
「いやあ、ふと思ってさあ」
今日死ぬとしたら、ねえ。
ループしているから分かるが、多分お前が今日死ぬことは無いぞ。
そうこうしているうちに、朝のホームルームの時間になった。
俺たちは自分の席に座り、担任の話を聞いていた。
今日は全校集会があるということと、そろそろ夏休みだからって気を抜かないように、という注意。
何回も聞いたな。
次はあの話か……
「今日、朝早くに学校の近くで不審者が目撃され、警察に連行された。皆も気をつけるように」
捕まったんなら、別にいいじゃないか。
毎度のごとく、俺はそう思う。
ホームルームも終わり、全校集会に向けて体育館に移動する。
全クラスが整列し終わると、校長のありがたいお話が始まった。
これも毎度聞いているよ、校長。
俺が一文字一文字書き出してやろうか。
そんなことを考えていると、横にいた担任が別の先生から何やら耳打ちされている。
間もなく、担任が俺に寄ってきて、俺に話しかけてきた。
「おい、お前のお母様から職員室に電話だぞ。急用だそうだ」
「分かりました」
俺はそう答え、列を外れた。
これも毎度のことだ。
体育館を出て、職員室に向かった。
ほとんど誰もいない職員室で電話を取ると、母親が用を伝えてきた。
親戚が危篤だから、早引けして病院に来いという内容。
これも毎度同じだ。
最初のループから、何も変わらない。
俺は教室に戻り、荷物をまとめた。
さてと、この先はなんだったかな。
駅まで行って、病院まで電車で行く。
そして親戚の病室に行く。
すると、危篤だったはずの親戚がすっかり意識を取り戻しており、一件落着。
俺は学校に戻り、午後から授業を受ける。
という流れだったかな。
最初のループのときは大慌てで病院に向かったけど。
毎回息を吹き返してるんだもんなあ。
人って、案外死なないもんだねえ。
さて、荷物をまとめ終えた俺は、昇降口から校舎を出た。
そして校門から足を踏み出した瞬間――
ばつん。
意識が途切れた。
そしてもう一度目を開くと、俺は自宅のベッドの上にいた。
「あれ??」
俺は思わず、驚きの声を出した。
こんなことは今までで一度も無かった。
デジタル時計を見ると、七月十日と記されている。
またループしたのか。
けど、ループの間隔が短すぎる。
何かがおかしい。
俺は着替えと歯磨きを終え、テレビをつけた。
また同じニュースだ。
そして、朝食に並んでいるのも同じメニュー。
どうやら、七月十日であることには変わりないようだ。
なんなんだ。
俺は朝食を食べ、いつもと同じ時間に家を出た。
通学路を歩いてみたが、やはり何も変化はない。
すれ違う人の顔も、横を掠める車も。
考えろ、俺。
何があったというんだ。
昨日のループで何か変わったことは。
「なあ、もしも今日死ぬってなったらどうする?」
ふと、その会話が思い出された。
なんでアイツはあんなことを言いだしたんだ。
偶然か?
いや、何十回のループで、一度もそんなことは言ってなかったんだ。
何かが違う。
そんなことを考えていると、自販機の前に着いた。
お茶でも飲んで、落ち着くか。
そう思いながら財布を取り出す。
ふと、俺は左下のオレンジジュースを見た。
やっぱり値段がループ前より上がっている。
そういえば、これに気づいたのは昨日のことだったな。
いつもと違う出来事と言ったら、例の会話とこのことくらいか。
でも、ループに変化が起きたことと関係があるのか。
たかがジュースの値段で。
俺は教室に入り、友人たちと駄弁る。
「なあ、もしも今日死ぬってなったらどうする?」
友人の一人が、そんなことを言いだした。
昨日と同じだ。
やはり、昨日から何か変化が起きている。
友人と会話しながら、俺は懸命に頭を働かせた。
そうこうしているうちに、ホームルームが始まった。
ホームルームの内容は、昨日と何も変わらないな。
全校集会のこと、夏休みのこと、不審者のこと。
うーん。
そして全校集会に行く。
校長の話にも変化がない。
そして、担任に電話が来ていることを知らされた。
これも前と同じだ。
俺は荷物をまとめ、教室を出た。
そして、校門を出た途端――
ばつん。
今日もループはここで終わった。
そして、目を覚ました俺は――
着替えをするや否や、一目散に家を飛び出した。
もうこんなことで頭を悩まされるのもここまでだ。
俺が行動を変えれば、何か違うものが見えるはず。
とりあえず、登校時間から変えてみよう。
時間はまだ朝六時。
昨日のループまでは自宅でゆっくりしていた時間だ。
いつもより、少し涼しい通学路を歩く。
すれ違う人の顔、横を掠める車。
当然だが、昨日のループまでとは全く違うものが見えていた。
さて、学校の近くに着くと――
なんだか物々しい雰囲気になっていた。
パトカーがいつもの自販機の前に停まっており、警察官も何人かいる。
周囲には、朝早くだというのにすっかり人だかりができていた。
俺は、それをかき分けて進んでいった。
もしかして、何かループに関係があることかもしれない。
どんな小さなことでも良い。
何か情報が欲しい。
そう思って、必死に進み、人だかりの最前列まで来た。
そこにいたのは、連行されようとしている若い男たちと、警察官から質問を受けるおじさんだった。
俺は近くの警察官に何があったのか尋ねた。
「ああ、あの方から不審者がいると通報を受けてね。なんでも、ここの高校の周りをうろついていたらしくて」
警察官はおじさんを見ながら、そう答えた。
ああ……。
なんだ、いつもホームルームで言っていた不審者騒ぎかよ。
ループと関係があるかと思ったのに。
いつもと同じじゃないか。
俺は落胆した。
結局、そのまま不審者たちはパトカーで連行されていった。
おじさんは、その場に残って警察官と雑談していた。
さて、お茶でも買って教室に行くかね。
そう思って自販機に近寄ると、おじさんがこちらに向かって話しかけてきた。
「おーい君、補充するから待ってくれんか」
すると、おじさんは近くに停まっていた車からいくつも段ボールを取り出した。
どうやら、おじさんは自販機の業者の人だったらしい。
補充しようとしていたら、さっきの不審者を見つけたってわけか。
おじさんが作業している間、やることもないので警察官に話しかけた。
「あのー、さっきの不審者って何だったんですか?」
「まだ分からないね」
「泥棒とかですか?」
「そうかもな。さっきの連中、不審物を抱えていたんだよ。窃盗の道具かも」
そんな会話をしていると、おじさんが補充を終えていた。
警察官にぺこりと礼をし、俺はお茶を買った。
やはりジュースの値段は変わっている。
そうか、補充ついでにジュースを値上げしたんだな。
それで、ループ前までと値段が違うわけか。
その後、俺は教室に入った。
いつもより早く登校したので、一番乗りだった。
後からやってきた友人たちと、いつものように駄弁る。
俺が一番乗りだったせいか会話の内容は少し変わっていたが、大体は同じ内容だった。
「なあ、もしも今日死ぬってなったらどうする?」
またそれか。
一昨日のループからそれだな。
なんだか、早く来た成果は無かったみたいだな。
朝飯を食い損ねてまで登校時間を変えたのになあ。
そのあとも基本的には同じだ。
ホームルームの話、校長の話。
集会中に担任に呼び出され、荷物をまとめた。
何も変わらなかったなあ。
そう思いながら、校門の前に立った。
そもそも、なんで俺はループしてるんだろう?
他の皆にはそんな様子はない。
いつもと同じ日常を過ごしている。
俺だけが違う?
俺が?なぜ?
なんで俺なんだ?
俺にしか出来ないこと?
それって何だ?
早退して親戚のお見舞いに行くことか?
馬鹿馬鹿しい。
俺は校門から足を踏み出した。
ばつん。
目を覚ました。
七月十日だ。
もう、ループをどうにかするのはやめよう。
結局手がかりは何もなかったんだ。
ジュースの値段も、おじさんが補充したからってだけだし。
不審者も、そのおじさんが見つけて通報したってだけだ。
少しやけになりながら朝飯を食い、いつもの時間に家を出た。
すれ違う人の顔、横を掠める車。
何も変わらない。
間もなく、いつもの自販機の前に着いた。
さて、お茶を買うか。
おや?
ジュースの値段がループ前と同じだ。
昨日のループのおかげで、何か変わったのか?
俺は不思議に思いながらお茶を買い、教室に向かった。
いつものように、友人と駄弁る。
「なあ、もしも今日死ぬってなったらどうする?」
その会話は昨日と同じなのか。
うーむ。分からん。
まあ、いいか。
ホームルームの時間になり、自分の席に座った。
担任の話もいつもと変わりないな……
と思っていたが、夏休みの話を終えると
「では、ホームルームは終わりだ。体育館に移動しなさい」
と言った。
おや、不審者は?
もしかして、昨日のループのおかげで、不審者とおじさんの出来事が無くなったのかもしれない。
ジュースの値段が変わってなかったということは、おじさんが補充しなかったということだろうしな。
ひょっとして、このループは不審者騒ぎを解決しろという天からのお告げだったのか?
そういうの、漫画ではよく読むけどな。
漫画だと、天変地異とか、戦争とかそういうのを防ぐためにループするもんだろう。
それが不審者騒ぎだって?
馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ。
俺は体育館に移動した。
全校集会が始まる。
そして、担任が俺を呼び出す。
これは昨日までと同じか。
この早引けはループと関係なかったのかな。
俺は列を外れ、体育館の出口に向かう。
ふと、何だか後ろ髪を引かれるような感情が芽生えた。
体育館を出るだけなのに。
なぜか、出たくないような感情がした。
俺はその思いを振り切って、職員室に向かった。
電話を受け、教室に戻り、校舎を出る。
そして、校門の前に立つ。
ここから足を踏み出してループすれば昨日と同じ。
しなければ、ループが終わりなのかもしれない。
そんな期待を抱いて、校門から出た。
……何も、起こらなかった。
俺は胸をなでおろした。
よかった、これでループともおさらばなのか……
ドン!!!!!!!!
そう思った瞬間、俺は背後から轟音を聞いた。
驚いて振り向くと、学校の中から煙がもうもうと上がっているのを見た。
慌てて引き返し、校舎の方に向かって走る。
だが、そこにあったのは言葉では言い表せない惨状だった。
屋根が崩壊し、骨組みがむき出しになった体育館。
あちこちで火が吹き出し、もうもうと煙が上がる。
その中がどうなっているかなど、想像したくもなかった。
友人達は、担任は、他の皆は。
呆然と立ち尽くす。
間もなく、その音を聞いた近隣の住民が集まってきたが、皆俺と同じように立ち尽くしていた。
警察や消防なんかが次々と駆け付け、救助活動を始めた。
だが、生きた人間は出てこない。
惨い。
惨すぎる。
ふと、頭に浮かんだ。
もし、親戚の見舞いのために呼び出されなければ。
もし、電話がかかってこなければ。
俺もあの中にいた。
俺だけがループになった理由。
不審者騒ぎなんかじゃない。
これを防げってことだったのか。
ふと、思い立って校門の方へ向かった。
俺は校門の脇の茂みをかき分ける。
「やっぱり!!!」
俺は思わず声を出した。
茂みに隠されていたのは、両手両足を縛られて口を塞がれたおじさんだった。
俺は慌てて拘束を解いてやった。
「なあ、何があったんだ!?」
「あ……怪しい連中を見かけたから通報しようとしたら見つかって……」
「それで縛られたのか!?」
「そ……そうだ」
分かったぞ。
この騒ぎは例の不審者が起こしたんだ。
前のループまではおじさんが通報したおかげで何も起こらなかった。
けど、このループでは逆におじさんが取っ捕まってしまった。
待てよ。
俺は今朝、ジュースの値段が変わっていなかったことに気づいていた。
ループに飽き飽きしていた俺は、おじさんと不審者の出来事がなくなったんだと早とちりした。
よく考えたら、おじさんが何らかの理由で補充出来なかったんだと考えるのが普通だ。
そこで気づいていれば。
しかも担任が不審者の情報を伝えなかったじゃないか。
そこにもヒントはあったのに。
不審者がいなくなったのではなく、警察に捕まらなかっただけだと。
なぜ気づかなかった。
気づいていれば、こんなことには。
こんな惨状には。
なんて馬鹿なことを。
何十回もループしたのに。
こんなことってあるかよ。
激しい後悔。
俺は、校門の前に立った。
せめて、もう一度。
もう一度ループすれば、今度こそ防げる。
何回もループしてたじゃないか。
もう一度ループさせてくれよ。
俺は祈るような気持ちで、ゆっくり足を踏み出した。
何も、起こらなかった。
今日のジュース、いくら? 古野ジョン @johnfuruno
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