第54話 禁じ手

 「ドーナット!ノックもなしに部屋に入って来るなんて失礼よ」


 ムッチリーナが怒鳴りつける。俺とムッチリーナが逃亡するのは2人の秘密だ。いきなり入って来たドーナットを怒鳴りつけるのは当然のことである。


 「今はそれどころじゃない。採掘現場で魔獣が発生した。大罪人様には聖寵者と一緒に魔獣の退治をしてもらう」

 「わかったわ。さっさと退治してもらうといいわよ」

 「待て!待て!勝手に話を進めるな。俺が出る幕ではないだろ」


 俺が行っても何も出来ないどころか弱い事がバレてしまう。ここは難癖をつけて鉱山に行かない事が正解だ。


 「大罪人様、この前の竜人族の襲撃で半数の聖寵者は死んでしまいました。今残っている聖寵者は補助職ばかりで戦闘タイプは少ないのです。どうか力を貸して下さい」


 竜人族の襲撃で20名いる聖寵者のうち半数に当たる10名が死亡した。生き残った10名の中で戦闘に長けた人物は、副団長のエイコーン(ウォーリアー)、副団長補佐のプラム(ウォーリアー)、兵士長のマンダリン(ウォーリアー)、兵士のコーコナット(クラージー)の4人なる。聖寵者でない兵士は邪魔になるので魔獣退治に参加させれない。


 「実は竜人を追い払った時に多大な魔力を消費してしまった。残念ながら俺はまだ万全の体制ではない。助けに行きたいのはやまやまなのだが、俺が駆け付けても出来る事は何もないだろう」


 俺は両手を床に叩きつけ悔しい思いを表現する。


 「ムッチリーナ、あれはどこにあるのだ」

 「金庫にあるはずよ。幸いにも金庫のカギは私が預かっているので取って来るわ。すぐに追いかけるから先にトロッコに向かってちょうだい」


 ムッチリーナが勢いよく部屋を飛び出した。


 「さぁ、大罪人様。すぐにトロッコに向かいましょう」


 ドーナットは俺の手を掴み強引に外に連れ出した。


 「待て、待て、ドーナット。俺の話しをちゃんと聞いているのか?俺は魔力切れだ。すぐにでもみんなを助けてあげたいが無理なんだ!」


 俺は大声で叫ぶ。


 「あれがあるから大丈夫です」


 ドーナットの目は自信で満ち溢れている。


 「あれとはなんだ?」

 「魔力水です。ウイザード、クラージーの魔力が無くなった時に魔力を回復するアイテムです。とても貴重な品のため使用するにはベルクヴェルク伯爵の許可が必要になりますが、今回は緊急事態ですので、許可をもらわずに使用します」


 「・・・」


 これはまずい状況になってしまった。すぐにでも別の言い訳を考えなければいけないが何も思い浮かばない。



 「ドーナット、大罪人様を連れて来てくれたのか!非常に助かる」

 「副団長様、ご報告があります。大罪人様は竜人族の襲撃の時に発動した魔法で魔力を切らしているそうです。いまムッチリーナに魔法水を取りに行かせているのでもう少しお待ちください」

 「わかった」


 「副団長様、そんな猶予はありません。坑道内で発生した魔獣はいつも発生するロックゴーレムではないのです」

 「本当なのか?」


 エイコーンの表情が険しくなる。


 「はい。ロックゴーレムは岩石の姿をした2mほどの魔獣ですが、今回発生したのは3mと巨大で白く発光した魔獣になります。おそれく、伝説の魔獣ミスリルゴーレムだと思います」

 「・・・」


 エイコーンは言葉を失う。


 「ドーナット、ミスリルゴーレムとはどんな魔獣だ」


 俺はドーナットに確認する。


 「ミスリルゴーレムとはミスリルと魔石が融合して発生する魔獣です。しかし、ミスリルと魔石が融合する確率は非常に低く、デスガライアル鉱山で発生した事例は1度もありません」

 「そいつは強いのか?」


 「もちろんです。ミスリルゴーレムはランクBの魔獣です。ここにおられる聖寵者様達では勝ち目はありません。でも、問題ありません。Sランク竜人族を圧倒した大罪人様なら楽勝です」


 ドーナットの瞳には一点の曇りもない。


 「ドーナット、本当に大罪人様で大丈夫なのか?」


 発生した魔獣がミスリルゴーレムと知ったエイコーンは一気に不安になる。


 「副団長様も大罪人様の勇士をご覧になったでしょう。あの竜人族を赤子の手をひねるように簡単に追っ払ったのです」


 ドーナットの話しはどんどん尾ひれがついて大きくなる。


 「俺は遠く離れた場所で見ていたので詳しくはわからない。でも、竜人族が逃げて行ったのは事実だった」


エイコーンは、俺の事を疑っているわけではないが、完全に信じたわけではない。一抹の不安が心に残っている。


 「副団長様、禁じ手を使うのはどうでしょうか?」


 副団長補佐のプラムがエイコーンに進言する。


 「それは・・・」


 エイコーンは禁じ手を使うのに躊躇している。


 「ドーナット、禁じ手はなんだ」

 「坑道内は緊急時に備えて要所要所に爆弾が設置されています。最悪の事態の時にはその爆弾を全て爆発させて坑道内を封鎖します。そして、最後に兵士棟の倉庫に保管している爆弾を使用して出入り口まで封鎖すればどのような魔獣でも鉱山内に閉じ込める事ができるでしょう。しかし、それは鉱山を閉鎖する事になるので禁じ手と言われています」

 「よし、それだ。禁じ手を使おう!」


 「しかし禁じ手を使えば鉱山は使い物にならなくなります。ここは大罪人様がミスリルゴーレムを退治するのが一番の得策です」

 「大罪人様の力がどこまでミスリルゴーレムに通用するのかわからないが、ドーナットの言うおとりかもしれない。罪人や奴隷達を簡単に見捨てるわけにはいかない」


 エイコーンが重い口を開ける。禁じ手は全員を非難させてからでは時間がかかる。


 「それに、鉱山を閉鎖するのは俺の一存で決める事は出来ない。みんなで協力してミスリルゴーレムを倒すのが1番妥当な答えかもしれない」

 「わかった」


 俺は了承した。ここでいくら禁じ手を使う事を勧めて無駄だと思い俺は協力するフリをした。俺にこの時ある計画を思いついたのであった。




 


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