第47話 赤の作業着

 「お前はどうして俺に協力をするのだ」


 探り合いをしても時間の無駄なので、俺は直接聞くことにした。


 「ホウマーン家は長年皇帝陛下の側近として忠義を尽くしてきた一族です。当時、宰相であった父ニプレスは、現宰相のアドミラルの策略に嵌めれて罪人となり鉱山送りになりました。さらにホウマーン家は貴族としての地位を剥奪され一家は離散することになり、そして2年前、父は掘削作業中に出現したロックゴーレムから逃げ遅れた奴隷を助ける為に戻ったところを襲われて死亡しました。父は正義感に熱く誰からも愛される優しい方でした。私から家族を奪い、父を罪人として鉱山に送り込み、私から全てを奪ったアドミラルに復讐をしたいのです」


 ムッチリーナには俺に協力するための明確な目的があった。でも、どのようにしてアドミラルに復讐をするのだろうか?


 「俺に協力する理由はわかった。では、お前は何を欲するのだ」


 俺は大悪党の雰囲気をかもしだすためにがんばる。


 「力が欲しいの。アドミラルを失脚させることができる大きな力が欲しいの。私は力を得る為にベルクヴェルク伯爵に身を捧げ、デスガライアル鉱山で鉱山兵士隊として働きながら情報を集めていたの。そして、私は新種の鉱石である勇猛無比(ゆうもうむひ)の存在を知る事が出来た。勇猛無比の精製に成功すれば上位職に就く事が可能になる。私は上位職に就いて父の仇を討ちたいの」


 ムッチリーナの熱い眼差しには嘘偽りを感じない。彼女は俺に協力するのでなく俺を利用して成り上がりたいという強い意志を感じた。俺はそんな彼女の意志に共感した。俺も無課金でゲームを始めた事により運営から酷い仕打ちを受けている。ゲームで死ねば現実世界でも死んでしまうのに、ゲームの世界で生き述べる術は何もない。絶望しかないこの世界で俺は抗い続けてここまで辿り着いた。NPC達の勘違いにより、俺は偽物の衣を纏い大悪党として恐れられる存在になった。この偶然もしくは運命を利用しない手はない。俺はムッチリーナの身の上に感動したわけではない。でも、使える者は利用するという合理的な考えはお互い同じ事だ。俺も安息の地を手にする為にムッチリーナを利用することにした。


 「お前の望みは俺が叶えてやる。後は時が来るのを待つだけだ」


 しかし、作戦も計画もない俺は、そう答えるしか今は出来ない。しかし、いずれ脱走が出来るチャンスが訪れるはず。それまでに、準備出来る事はしておかなければいけない。


 「わかりました」


 賢いムッチリーナには何も言わなくても、全てを理解してくれているようだ。ここを抜け出す時の為の準備とは、大まかに3つある。まず1つ目は帆馬車の確保である。ここからベンドルハーゲン王国に行くには帆馬車が必要だ。2つ目は緋緋色金の確保である。俺がクラフトマンに転職するには多量の緋緋色金が必要になる。3つ目は勇猛無比の確保だ。この3つを準備するのがムッチリーナの役割である。俺の役割は何もない。しかしここはゲームの世界、何かしらのイベントが起きるはずだ。俺はそのイベントを上手くクリアーするのが俺の役割であろう。所詮、ムッチリーナはNPCに過ぎない。俺の判断次第でムッチリーナの運命も決まるのだろう。


 「暗い話はここまでにしておきましょう。今から2人の時間をたっぷりと楽しみましょう」


 ムッチリーナは豊満な肉体を俺の背中に押し付けてくる。童貞だった俺にはあまりにも刺激の強すぎるシチュエーションだ。思わず鼻から血が噴き出した。


 「大罪人様、どうしたのですか」


 「気にするな。すこしのぼせてしまったようだ」


 興奮して鼻血が出たとは言えない。


 「ごめんなさい。私が長話をしてしまったからなのね」

 「気にするな。風呂から上がってゆっくりとすれば問題はない」

 「そうなの・・・残念」


 ムッチリーナは意気消沈して寂し気な目をする。よほど俺とのプレイに期待していたのかもしれない。しかし、彼女を喜ばせる技術など俺にはない。


 「また今度だな」

 「わかりました」


 俺は風呂から出て用意していた服に着替え直す。用意された服は赤色の作業着である。


 「赤色の作業着とはずいぶん派手だな?」


 採掘の作業の作業服の色など知らないが、絶対に赤が標準ではない事くらいは俺にでもわかる。


 「赤の作業服はマインディレクター(鉱山監督)が着る事になっています。どこにいても目立つように赤になっています。そして、その作業着は私の父が着ていたモノです。父が死んだ2年前よりマインディレクターは不在のままです」


 ムッチリーナは俯いて悲し気な目をしている。


 「マインディレクターが不在だと作業ができないのではないのか?」

 「サブマインディレクターがいますので問題なく作業は進んでいます」


 「そうなのか。しかし、なぜマインディレクターが居ないのだ?」


 率直な疑問を投げかける。


 「父が死んだ後、マインディレクターに指名されたのはギドナップという奴隷の男です。ギドナップは父が一番可愛がっていた作業者であり、彼を助ける為に坑道内に戻って命を落とす事になりました。ギドナップは父を敬愛し師匠と弟子の間柄でありました。ギドナップはまだ自分は力不足だと言ってマインディレクターに就く事を断り、サブマインディレクターとして現場の指揮をとっています」

 「それなら俺がこの赤の作業着を着るのはマズいのではないか!」


 「いえ、大罪人様こそ、この作業着を着るのにふさわしい人物だと思います。それに、ベルクヴェルク伯爵も大罪人様をどのように扱うか迷っていることでしょう。臆病者のアイツなら、大罪人様のご機嫌を取る為にマインディレクターの地位を授けるに違いありません。なので、この赤の作業着を着る事に何も問題はありません」


 俺には他に着る服はない。裸になるわけにもいかないので、俺はこのまま赤の作業着を着る事にした。


 作業着に着替えて大浴場から出ると、ムッチリーナは俺を食堂に案内してくれた。


 「大罪人様、長い護送の旅で碌な食事をなさっていないでしょう。先ほど料理長に命令して、あたたかい食事を用意致しました」


 テーブルの上には温かい食事が用意されていた。キャラバンの中では堅くて味のないパンしか食べていなかったので、俺は喜んで食事をした。


 

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