第37話 出発

 俺は馬車屋を出た後、時間をもてあましていたので、ローゼに旅で必要な物はないかと声をかける。お金は自由にいくらでも使える。ローゼに何か買ってあげようと思った。


 「大丈夫です」


 ローゼはニコリと笑って答える。


 「食料を買うの!飲み物を買うの!それと・・・ローゼお姉ちゃんの装備を揃えるの!」


 ノアールは、俺の肩で足をバタつかせて必需品を教えてくれる。冒険に出るには最低限の食料、飲み物は確保しておいた方が良いとアドバイスをしてくれているのだろう。都合よく町や村があるとは限らない。最悪馬車の中で寝泊まりをして夜を超す事もあるはずだ。そして、ローゼの装備品だ。ローゼは戦闘服ではなく、汚れた茶色のズボンに深緑のチェニックを着ている。冒険には戦闘はつきものである。俺はローゼを守りながら冒険をする事が今回の依頼の条件に含まれていると考えているので、ローゼに戦闘に参加してもらうつもりはない。しかし、どんな事態が発生するかわからない。せめて自己防衛できる服装にした方が良いとノアールは言いたいのであろう。


 「そうだな。食料品とローゼの戦闘服買いに行くぞ。おっと、ローゼ勘違いはしないでくれ。俺はお前に戦闘は求めていない。しかし、何が起こるのかわからないのが冒険だ!最低限の備えは必要だと俺は言いたいだけだ」

 「でも、戦士様。私はギルドに預けた依頼料で路銀は尽きてしまいました。冒険に同行すると言っておきながらお金もないどうしようもない依頼人です」


 ローゼは唇を噛みしめて自分の不甲斐無さに嘆く。


 「帝国内に居る限りはお金の心配はないから安心しろ。それに、お前の身に何かあれば父親が無事であったとしも依頼が達成したことにはならない。今回の依頼にはお前の護衛は含まれてはいないが、俺と共に行動する以上お前を危険な目にあわせるような事はしない。しかし、準備は完全にしろ。これは俺からの命令だ。従えないのなら依頼は断る」


 ローゼは俺に気を使っているのは一目瞭然だ。無謀な依頼、破格の依頼料、素人の同行など無茶な条件を受諾して、移動手段まで無料で用意してもらった。そのうえ、戦闘服に食料の備蓄まで用意してもらうなど、嬉しくても受け入れる事が出来ないのがローゼの気持ちだ。だから俺はキツイ言い方をして無理やりにでも従わせることにした。


 「本当によろしいのでしょうか?」

 「いいの!」


 みかねたノアールがキュートな笑顔で微笑む。


 「戦士様、天使様、本当にありがとうございます」


 ローゼは深々と頭を下げる。


 「ローゼお姉ちゃん、私はノアールなの。天使じゃないの」


 ノアールは頬を膨らませて顔を赤くして可愛く怒る。ノアールはローゼの事を気に入ったので天使様と呼ばれるのは嫌なのであろう。


 「ローゼ、俺達は短い間かもしれないが仲間になるのだ。ノアールの事は天使様じゃなくてノアールと呼んであげてくれ。俺の事は・・・」


 俺はふと考える。俺はゲームの世界に来てずっと戦士様、御使い様と呼ばれてきた。俺のゲーム名はヒロヒロだ。ここはヒロヒロと呼んでもらう方が良いのかと考えた。


 「パパなの~」

 「わかりました。パパ様とお呼びいたします」

 「ちょっと待ってくれ・・・」


 俺はすぐに止めに入る・・・がしかし!


 「わ~い。パパ様なの~」

 「はい。パパ様です」


 ローゼが無邪気に笑った。ローゼと出会って数時間しか経っていないが、初めて少女らしい自然な笑顔を見れて俺は嬉しかった。


 「わかった」


 ローゼの笑顔を見た俺はパパ様呼びを断る事が出来なかった。俺はその後、みんなで帝都でお買い物をして冒険の準備をした。



 「これで準備は完了だな」

 「は~いなの」

 「はいです」


 数日分の食料品と水を買い、ローゼには戦闘用の青の半袖ワンピースに、肘まである白の手袋、足には紺のロングブーツを用意し、武器は水玉のパラソルを買う事になった。恰好をだけを見ると雨の日のお出かけの服装に見えるが実際は違う。

青の半袖のワンピースは、マンモス蚕の素材を使用しているので鎖帷子以上の強度を持ち、白の手袋、紺のロングブーツにはそれぞれ、腕力・脚力アップの効果が付与されている。武器のパラソルは・・・ノアールが気に入ったから買う事になったのだが、雨をしのげるだけのただの傘ではないと信じたい・・・。


 買い物を終えた俺達は帝都の大正門にむかった。大正門付近には馬車を駐車する事ができる大きな繋ぎ場がある。馬車のまま帝都に向かう事のが多いが、大正門前の繋ぎ場は駐車料金は無料なうえ、ここから帝都内各地に向けて格安の乗り合い馬車(バスのようなもの)があるので、馬車をここに止めて乗り合い馬車を利用する人も多い。もちろん、本来なら帝都から別の町に向かう乗り合い馬車もここから出発しているが、今は休止中である。


 「私の馬車あるの~」


 ノアールは黒く輝く馬車を見て、俺の肩から飛び降りて走って行く。


 「ノアちゃん。走ると危険よ」


 ローゼはノアールの事をノアちゃんと呼ぶようになった。


 「ローゼ、ちょっと話したい事があるんだ」


 俺はローゼにノアールが本当は馬である事を説明することにした。


 

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