第13話 優しい男

 男の姿が見えなくなると俺は牢屋の角に座る。他の3名が角に座るのは汚臭を放つトイレから少しでも離れたいからなのであろう。俺は幸運だ。それはあの男の言葉が本当なら明日この牢屋から出る事ができる。汚臭の放つ薄気味悪い牢屋などすぐにでも出たい。他の3名はいつからこの牢屋に閉じ込められているのだろか?俺より先にゲームを始めたので、先に捕まって牢屋に閉じ込められているのだと思う。それならば、現実世界での時間経過とこの世界での時間経過はどれほどの差があるのだろうか?他の2名に声を掛けて確認したいところだがそれは許されない。

 舌を切られた男は、現状の不安を少しでも無くすために声を掛けて舌を切られたのだと思う。俺は同じ轍を踏まない為にも、他の2人と同様に俯いたままおとなしくする。

 あれからどれくらい時間が経過しただろうか、突然牢屋の外から激しく鞭を打つ音が聞こえた。俺は条件反射のように体をブルブルと震わす。他の3名も俺と同じように体を震えさせていた。

 錆びつた牢屋のドアが金切り音をたてながら開く。扉の奥には俺と同じ服を着た男が立っていた。男は先ほどの俺と同じような顔をして驚いている。そして口を開いて何か喋ろうとしているが声を発する事ができない。すると、先ほどと同じように角に座っていた舌のない男が近寄っていく。俺が今見ている光景は俺が先ほど体験して事と全く同じだ。俺と違うところは、その男は膝から崩れ落ちて泣き出した事だ。男は自分の今居る状況に絶望したのだろう。俺は声をかけれるのならば声をかけてあげて励ましてあげたかった。運営はそれをさせないために、プレイヤー同士の接触を禁じたのであろう。泣き崩れた男を憐れみながらも舌のない男は牢屋の角に座る。四方は全て陣取られているので、最後に来た男は牢屋の中央に座る事になる。


 再び、カツーン・カツーンと階段を降りる音が聞こえる。先程とは別の緑のダブルブレストを着た男性が姿を見せる。

 

 「今週は豊作だな。1週間で20名か!デスガライアル鉱山は人手不足で採掘量に遅れが出ているがこれなら問題はないだろう。お前たちは偉大なる皇帝陛下のお役に立てる事に感謝するのだ。今から食事を配るがしっかりと栄養を取ってその身を皇帝陛下の為に捧げろ」

 

 男は背中に大きな袋を担いでいた。男は袋の中に手を入れて丸い形のパンを取り出す。


 「これが今日の食事だ」


 男はパンを握りつぶして牢屋の中に投げ込んだ。


 「ガハハハハハ、ガハハハハハ」


 男は顎が外れるくらい口を大きく開けて笑う。俺は汚臭が漂う牢屋の中でパンを食べる気などなれない。しかし、さっきまで全く動かなかった二人がゴキブリのように音を立てずにスリスリと動き出しパンを手に取り口に頬張る。舌のない男もゆっくりと動き出しパンを拾って食べる。おそらく、男たちは数日前に牢屋に入れられたのだろう。牢屋の中の環境にも慣れて、不衛生な牢屋の中に投げ込まれたパンを平気で食べれるようになっていた。男はパンを全ての牢屋に投げ込むと階段を上がって姿を消した。俺は目を閉じて早く朝がこないか祈るばかりである。


 結局、俺は一睡も出来なかった。俺の後に牢屋に入った男も一睡もせず、すすり泣く声が一晩中聞こえていた。一方、他の三人はいびきをかいてぐっすりと寝ていた。

 次の日、1人ずつ牢屋から連れ出されていく。連れ出される順番は投獄された順であった。なので、俺は最後から2番目に牢屋から連れ出される事になる。牢屋から出る時に両手を縄で縛られて逃げられないように拘束される。逃げられないようにした後、自らの足で階段を登り神判所の外に出る。外には2台のキャラバン(幌馬車の大きいサイズ)が用意されていた。

 俺は指示されたキャラバンに乗り込むと出入口には南京錠が掛けられて、出られないように閉じ込められる。キャラバンの内側には太陽光が入るように天井付近に隙間がありキャラバンの中は真っ暗というわけでない。俺はキャラバンに乗り込むと違和感を感じた。それは、中には俺を含めて4名しかいない。2台のキャラバンが用意されているのなら10名乗っていないと人数が合わない。しかし、目を擦り周りを注視するが俺以外は3名しかいない。


 「おい!何を見てるんだ」


 奥に座っている巨漢の男が声を張り上げる。


 「別に・・・」


 俺は縮こまり委縮する。男の身長は175cmくらいだが樽のような体型で威圧感がある。お互い手は自由に使えないが、ケンカでも売られたらたまったもんじゃない。


 「あぁ~ん。睨みつけておいて別にとは、お前・・・ケンカを売ってるのか!」


 男の声はさらにヒートアップする。


 「すみません。ケンカなんて売っていません」


 俺はすぐに土下座をして謝る。


 「うるさいですよシュヴァイン。静かにしましょうね」


 巨漢の男の横に座っていた背の低いスキンヘッドの男がもの静かな声で注意する。


 「はぁ・・い。申し訳ありません」


 シュヴァインは声を裏返して返事をした。


 「仲間が声を荒げて申し訳ありません。鉱山送りになってしまったので、気が動転しているのでしょう。許して貰えないでしょうか」


 男はスキンヘッドで眉毛もなくイカツイ顔をしているが、温和な口調で俺に優しく声をかけてくれた。


 「いえ、気にしてません」

 「そうですか、気にしていないのなら良かったです。それよりも正座などしていると足がしびれてしまうでしょう。もっと楽にお座りになると良いでしょう」

 

 「はい。わかりました」


 俺はあぐらをかいで座る。キャラバンの中には椅子はなく、荷馬車の荷台のように板が敷かれているだけで藁のクッションもなく座り心地は最悪だった。

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