第8話 神判所

 どれくらい蹴り続けられただろうか?俺の体は全身があざだらけになっていた。次第に俺を蹴っているイキリールが息切れをして蹴るのを辞めてしまう。


 「ふっ、今日はこれくらいにしておいてやろう」


 俺の後頭部に唾を吐きかけて捨て台詞をはく。


 「イキリール、罪人を護送しに来た。すぐに引き渡せ」

 「はい!今すぐに引き渡します」


 イキリールは背筋をピンっと伸ばして大声を上げる。俺を護送しに来た衛兵はイキリールより身分が高いのがすぐにわかる。


 「おい!罪人が既にボロボロになっているではないか。これはどういうことだ!」

 「ジャッジ様、この罪人は【薔薇の目】の仲間だと思われます。尋問の際にすぐに口をわるように下準備をしていたのです」


 「バカヤロー!罪人かどうかは神判所で判断する事だ。その意味はわかっているよな」

 「もちろんです。帝国ではいかなる種族、身分でも公平に神の裁きを受けてから、罪人として服役する事になります」


 「わかっているなら、なぜ?容疑者を痛めつけたのだ」

 「神判を受けなくても罪人であることは確定しています」

 

 「だまれ!お前は皇帝陛下が定められた神判所を否定するのか」

 「も・・・申し訳ございません」


 イキリールは地面に頭をつけて謝る。皇帝陛下を否定する事は国家反逆罪に値する。ガイアスティック帝国では国家反逆罪は一番重い罪である。


 「イキリール、すぐにその容疑者の猿轡と縛っている縄をほどけ」

 「はい」


 イキリールは俺の口から猿轡を外し、両腕を縛っている縄を解いた。


 「コイツは俺の大事な客人だ。丁重に馬車に乗せてやれ」


 芦毛の馬が引く白く立派な馬車が俺を神判所に連れて行く。馬車はミスリルで出来ていて、キラキラと光を放ちとても美しい。容疑者を乗せるよりも王子様が乗せる方が絵になるだろう。俺はイキリールにお姫様抱っこのように担がれて馬車に乗り込む。キャリッジ(馬車の中で人が乗る場所)の中は大人が6人程座れる椅子があり、俺以外に2名の衛兵が先に乗っていた。俺は二人の衛兵に囲まれる感じで椅子に座る。ミスリルの馬車は荷馬車の荷台に比べると雲泥の差を感じる。荷馬車の荷台には椅子などなく冷たい板の上に座るか、わらを敷いてクッションの代わりにするくらいである。しかし、ミスリルの馬車にはソファーのような柔らかい椅子がありフカフカで気持ちが良い。俺のボロボロの服には土砂や血などがこびり付いているので後ろめたい気分になるが、衛兵たちは何も言わずに俺が座るのを見届ける。俺が椅子に座るとジャッジと呼ばれる衛兵が馬車に乗る。

 俺をかばうかのようにイキリールを怒鳴りつけたジャッジという人物に興味を抱き、目を合わせないように下の方からそっとジャッジを見た。

 ジャッジは赤のダブルブレストに黒のタイトズボンを履いている。そして、胸元には赤の徽章を付けていた。これはジャッジが上級の衛兵だという証である。


 「バカが、いや、部下が手荒な事をして申し訳ありません。ゲートキーパーであるイキリールの仕事は、外部から来た者を帝都への入場許可を与える事であり、それ以外の事をする権限はありません。皇帝陛下から与えられた役割を全うする事が我ら衛兵の勤めであり、皇帝陛下への忠義の証しです。イキリールには後ほど私の管理下の神判所に招待するつもりです」

 

 ジャッジは先ほどのキツイ口調とは違い、穏やかで優しいトーンに変わり俺に声をかける。しかし、ジャッジの目は、まるでおもちゃのように虫の足を引きちぎる子供のような無邪気で残酷な目をしていた。


 「さて、君は何をしたのでしょか?」

 「…」


 俺は何を考えているかわからない不気味なジャッジの事が急に怖くなり何も言えなかった。


 「言いたくなければ何も答える必要はありません。それに、お楽しみはこれからです。今日はどのような尋問が始まり、どのような神判が下り、どのような刑期がまっているのか非常に楽しみです。さぁ、私の楽園である神判所へ行きましょう」


 ジャッジの目は煌々と輝いていた。今から向かう神判所は、ジャッジにとっては遊園地に行くのと同じくらいに楽しいのだろう。

 「コイツはヤバい奴だ」俺の直感がそのように伝えている。ゲートキーパーのイキリールは、傲慢で暴力的なイカレタヤツだったが、ジャッジはイキリールなど比べ物にならないくらいのイカレタヤツに違いない。ジャッジはイキリールに対しては高圧的な態度で怒鳴りつけていたが、態度は一変して紳士的な態度で俺に接していた。あくまで表面的は・・・。それを裏付けるようにジャッジの態度、口調とは裏腹に、俺を見るジャッジの目は、害虫を見るかのように狂気に満ちていた。おそらく、ジャッジは俺を人間として見ていない。


 馬車は走り出して10分ほどで停車した。そして、馬車の扉が開く。


 「さぁ、着きました。これから楽しいショーの始まりです」


 ジャッジは歓喜の笑みを浮かべてご機嫌であった。

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