第2話 サイバネティック・コネクション
「だーから、スープ冷めるんだから先に食おうって!」
「何言ってんですか。先にフライからいかないと衣がタルタルでしなしなになるでしょ。サックサクのアツアツをまず一口目に行くのが好きなんですよ私たちは! ささユウさん、フライからどうぞ。トマトなんて置いといて」
「わかってねーなお前はよー! 冷めてないスープは冷めたスープの3倍は美味いんだぞ。俺は昨日学んだんだ」
「はぁ? 大体ね、私とユウさんの食事に割り込んで来たのはそっちでしょ。ちょっとは遠慮しようとか思わないんですか?」
「ばぁか、味覚借りるんだから一番美味い食い方を教えてやろうってこの親切心がわからな……なぁ、なんでイモ喰ってんの?」
「なぁ二人とも知ってる? あーだこーだ指図されると食欲って失せるんだよね……俺もここ最近知ったんだけどさ……」
ユウを挟んで額を突き合わせ、唾を飛ばす勢いで(どちらも飛ばす唾のない身だが)罵り合っているシエロとフォルテの首元からはケーブルが伸びている。首元のコネクタに2本のケーブルを挿され、さらに両脇からぎゅうぎゅうと押されながらユウは迷惑そうな顔でフライの付け合わせのイモをつついた。湯気を立てるスープがじわじわと冷めていく。
「あ……この端のカリっと感がたまらないですね。中はほくほく……」
「なんだ……なんか塩だけじゃない、複雑な味がする。これが前言ってたハーブソルトってやつか? 香りが鼻に抜けるってこういう事かよ……」
「……食レポでもやってんの?」
無表情でイモを咀嚼しているユウの隣でシエロとフォルテが悶えるのを見て、向かいに座ったユリアが呆れたように呟いた。
自分も食事を楽しみたいと言うシエロに押し切られて、ユウが感覚共有の設定をしたのがおおよそ1週間前のことである。幸いシエロとユウは食べる順序や食の好みが似通っていたので、二人は感覚共有しながら数日間は穏やかに食事を楽しんでいた。
問題は一昨日、気まぐれで食堂に訪れたフォルテがそれに気付いた事である。ミールペーストではない食事を義体で味わえると知ったフォルテは、土下座してユウに自分も食事に参加させてくれと頼み込んだ。なんだかんだ断れない性分のユウが押し切られ、まともな食事というものにフォルテはいたく感動したのだが。電脳化してから最適化というものが魂に染みついてしまったフォルテが、「より美味しく味わえる方法」を2日目にして追求し出したため、現在食べ順がこじれにこじれているのであった。
あーだーこーだ言いながらもユウが口にしたものはしっかりと楽しんでいる二人を見て、ユリウスがからからと笑う。
「ナタリアさんの飯は美味いからなー。二人とも病みついちゃったんだな」
「アンタらに
「電装街の屋台で食ったエウロパ産の魚とやらも結構美味かったけどなー」
魚のフライを齧りながら、脚の生えた異形の魚に思いを馳せて目を細めたユリウスに、フォルテは辟易とした表情を向ける。
「電装街の飯はトラウマなんだよな……企業に捕まる前はたまに残飯漁りに行ってたけど、あそこは生体飯と義体飯1:9のギャンブルだからさ……」
「あぁ……義体飯ね……」
「味はミールペーストとどっこいどっこいだけどさ、ガソリンかじってるようなもんだから腹壊すんだよな」
「待て待て、あの義体飯と同じくらいの味のものを毎日?」
「そーだけど?」
ユリウスは大袈裟にくしゃりと顔を歪めると、付け合わせのブロッコリーをユウの皿にそっと乗せた。
「おお可哀想に……遠慮せずいっぱい食べるんだぞ」
「あのねユリウス。食べるのは俺で、俺の腹の容量には限界があるんだよ」
「兄貴、どさくさに紛れて嫌いなものを人に押し付けないで。もう18歳でしょ」
「ユリアちゃん、お兄ちゃんブロッコリーも美味しく食べてくれる人の所に行ったほうが幸せだと思うんだよね」
白々しい表情で
「ミラ、ああいう大人になっちゃダメだぞー。ちゃんと野菜も食べような」
「はい、コンラートさん。私はブロッコリーもちゃんと食べます」
ミラはぷすりとフォークの先にブロッコリーを突き刺すと、小さな口をめいっぱい開けて一口にそれを頬張る。リスのように頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼しながら、小鼻をちょっぴり膨らませた自慢げな顔でユリウスを見た。う、とユリウスがたじろぐ。ユウがそっとブロッコリーをユリウスの皿に戻した。
自分ごとのように満足げな表情でそれを見ていたコンラートが、はたと気付いたようにミラの頬をつつく。
「おっと、ミラこっち向けー。口の端のとこ、ソースがついちゃってるからな」
コンラートに顔を向け直したミラが頬を優しく拭かれているのを見て、クピドが感慨深げな溜息をついた。
「ちゃんと食べれてえらいねえ……! 表情もすっかり豊かになってなっちゃってまあ……」
近所のおばさんみたいな口調になっているクピドは、オリジナルの記憶をそのまま引き継いでいるせいか時折妙に言動が年嵩な事があった。ミラはごくん、とブロッコリーを飲み込むと、目を細めて見てくるクピドの方を向いた。
「ねえさまもちゃんと食べててえらいです。おいしいですね」
そう言ってニコッと微笑んだミラの頭を、クピドは感極まったように撫でまわした。
「ねえさまだなんて~~可愛いんだから、もう! ねえハイドラ君聞いた? ねえさまだって!」
「うん、聞いてたよ。よかったね、クピド」
実はここ数日毎日同じやり取りをしているのだが、それをおくびにも出さずハイドラは穏やかに頷く。それを見たシエロが「懐が深い……」とぽろりと零し、同席している男どもが一斉にうんうんと頷いた。
視線を集めてしまったことに若干気まずそうに居住まいを正したハイドラは、穏やかな口調のままフォルテに話題を差し戻す。
「食事が美味しいのは有難いですよね。僕も研究所にいた頃と比べると、食事に対する概念自体が覆った気がします」
「わかる。概念なんて覆されっぱなしだよ。給料とかさ」
「あー。給料って概念、びっくりしますよね……。生かされることって別に対価じゃなかったんだな、って思わされるというか」
「わかるわー。月額の社食代と寮代引かれてさー。残った分も傷病用の積み立てだなんだ、義体になってからはメンテ費用とかさ。俺の手元になんて1クレジットも残りゃしない。歯ブラシくらいだぜ、定期的に買えるのなんて」
「ディストピアだなぁ……」
ユリウスは再び顔をくしゃくしゃにすると、もそもそと咀嚼していたブロッコリーを飲み下してだん、と机をフォークの柄で叩いた。
「よしガニメデを出る前に俺が美味いもの奢ってやる! いっぱい食べなさい!」
フォルテはぱちぱちと瞬いて、自分から伸びるケーブルとそれに繋がるユウに視線を滑らせる。同じくこちらを見たユウと顔を見合わせた。ユウがおずおずと問う。
「……ユリウス、それ奢られるの俺になるけどいいの?」
「いいよ! 腹がはちきれるまで食え!」
ヒュウ、とコンラートが口笛を吹いた。
「いいねぇ、俺もミラになんかいいもの食わせてやりてぇな。みんなで木星観光としゃれこもうぜ!」
* * *
食事を終えて各々が解散した帰り道。きゅいいん、と艦内通路にあるまじきモーターの鋭い唸りが聞こえてユウは眉をひそめた。
シエロが
「どいてどいてどいてー!」
「ユウさん、危ない!」
「わっ」
シエロに突然手を引かれて、ぼうっと考えにふけっていたユウはたたらを踏んだ。体勢を崩しながら振り返ったユウのこげ茶の瞳と、
からら、と横転した車椅子のタイヤがむなしく空転する。痛みに声にならない呻きを漏らしながら横たわるユウの横に投げ出されたナギが、頬を膨らませてぶうぶうと文句を垂れた。
「ちょっとユウ~変に避けないでよ!」
「あの……ね、ナギ……も、ちょ、っと……言う事……あるよな……?」
「すみません、私が余計なことをしたばっかりに。立てます?」
手を差し出したシエロに、ユウは小さく首を横に振ると指だけを動かしてナギを指す。
「……ナギを起こしてあげて」
「ん、ボクはヘーキヘーキ。あ、でも車椅子だけ起こしてくれたら嬉しいかも」
「まったく……」
シエロはわざとらしくため息をつくと、車椅子を引き起こした。ぴょこぴょこと片脚を引き摺りながらナギが車椅子に這い上がる。ユウも顔をしかめながら体を起こした。
「何その車椅子……」
「エリックを筆頭に、整備班のみんなが仕事の現実逃避に魔改造してくれたの。ターボモード搭載です」
「あいつら……後で班長に言いつけてやる……」
ユウは深々とため息をつくと痛む腰をさすりながらナギを見上げる。
「調子はどう? って聞こうと思ったけど……なんか調子良さそうだね」
「へっへーん、わかっちゃう?」
ナギは車椅子の上で少し尻をもじもじさせて位置取りをすると、今日は束ねていない白い髪をかきあげた。白いうなじと、そこに造設されたユウと同じコネクタが顕になる。コネクタには1本ケーブルが挿さっていて、それは首に巻かれた細いチョーカーに取り付けられた親指ほどの小さな機器に接続されていた。
「ユウ、おっそろ〜」
ユウのカメラアイがピントを合わせる音を鳴らした。生身の左目を瞬かせる。
「ああ、
「ふっふーん、拡張脳バイパスしてもらったのさ。ほら見て」
ナギはするすると靴を履いていない右足の靴下を降ろすと、ぺいっと投げ捨てた。顕になった白い足の先で、親指の先だけがもぞもぞと動く。
「義肢に変えたの?」
「うんにゃー、生身だぜい。ボクの場合は脳がイカれちゃっただけだからコッチは問題ないんだってさ」
義肢になってしまった左手を無意識に撫でてから気遣わしげな声を出したユウに、ナギは飄々とした様子で首をすくめた。
「付け替えてもよかったんだけどなー。膝の仕込み武器とか憧れるじゃん? こうペキッと折ったら銃口が出てさー」
「……怖く、ないの」
ニコニコと楽しげに両手で自分の脚を持ち上げて見せるナギに、ユウはぽつりと問う。ナギはきょとんとした様子で首を傾げた。
「怖い? 何が?」
「だって付け替えるって……その、切るってことだし」
「ユウだってそれ、自分で
何を言ってるんだ、と言いたげなナギの声音にカッと頭に血が上る。
「
思わず声を荒げたユウに、ナギは穏やかに微笑んだ。芸術のような笑顔の中心に、冷たい
「それが出来なくて死んだやつが何人も居たんだぜ。キミは、自分で、やったんだ」
焦げ茶の瞳孔が開いて揺れる。冷たい汗が首筋を滑り落ちて、シャツの中を不快に伝った。小さく揺れる視界を空の色が遮る。
「ナギさん。あんまりでは」
立ちはだかるようにして間に割り込んできたシエロを見て、ナギは肩をすくめた。
「ボクのたらればで怒ってるなら謝るけどさ。評価してるんだぜ、ボクは。土壇場でだってその選択が取れるやつはそういやしない。土壇場で出来るならそうじゃなくても出来るし、そういう意味ではボクとキミはさして変わんないだろ」
シエロの後ろで、ユウは視線を下げる。目を付け替える時にアサクラに言われたことを思い出した。この戦争に、どれだけ深く関わるか。こんな世界になってなお、選択肢は与えられていた。それでも背を向けられないのだから、ナギの言う通りなのかもしれない。
「答えになってないぞ」
ナギの言いたいことは理解した上で、ユウはぶすっとして言った。
「怖くないのか、って聞いたんだ、俺は」
ナギは冷たさを感じさせない笑顔で、ニッと笑う。
「ぜーんぜん! ボクは戦うのが好きなんだもん、強くなるなら大歓迎だね。木星圏にだって性能向上のために換装する奴らがいるんだしぃ」
「あれって部分換装なの? 部分換装はけっこう大変なんだぞ」
「そーなの? でもやっぱロマンあると思うなー。カッコいいじゃん」
「見た目は普通だけどね……わっ」
ナギの白い手がぐいっとユウとシエロの手を掴む。無遠慮にじろじろと眺め回して、はぁーっとあからさまな溜息をついた。
「ホントだ。つまんない」
「あのな」
ユウもため息を返す。
「たぶん君が思ってるほどいいものじゃない。俺は怖かったし、今でも怖いよ。リハビリは大変だし、見た目は普通でもやっぱ違和感あるし。そのままでも十分強いんだから、身体大事にしなよ」
「ありゃ、褒められた」
ナギはぱっとシエロの手を離すと、残ったユウの手と顔を見比べた。
「違和感かー。いっそメカメカしい見た目にしちゃったら吹っ切れるんじゃない?」
「どうだろうな。ナギと違って戦うのは好きじゃないから、俺は」
きらめく紅の瞳が青く透き通る義眼を見上げる。眼を貫いて頭を覗かれているような気分になって、ユウはたじろいだように半歩下がった。だががっちりとユウの手を握るナギの手は鋼のようで、それ以上逃げることが出来ない。
逃げ腰のユウの方へ身を乗り出して、甘くとろけるような声で最強のエースは囁いた。
「それでも。キミは絶対に、戦いから逃げられないんだからさ」
―――――――――
お読みいただき、ありがとうございます。
パイロットスーツの四肢切断機構は機械が判断して切除はしてくれないので、最終的には自分で決めてボタンを押さなくてはいけません。猶予は数分なので、ためらってるうちに手遅れになるケースは少なくありません。
アステロイドベルト戦でもそれで何人か死んでいます。
次回の更新は12/20です。
それではまた、次回。
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