第11話 防衛軍のお仕事

 ガレリアン・ダイナミクス。かつて木星において生存圏と産業を切り拓いた開拓者パイオニアのひとつであり、現在においては木星圏を実効支配する企業連合の一角であった。

 木星基地司令の横に佇んでいた怜悧な印象の男の顔を思い出して、シキシマは眉根を寄せる。


「お久しぶりです、ミスタ・スペンサー。しがない一調査隊の艦長にどのような御用向きですかな」

「これはこれはご謙遜を。火星では"巣"の駆除、小惑星帯アステロイドベルトでは鹵獲艦隊の無力化を一調査大隊のみで成し遂げたと伺いましたよ。地球圏の主力艦隊よりもよほど功績を挙げておられるのでは?」


 褒める言葉とは裏腹に、嘲るような色を隠そうともしないその声にシキシマはうんざりと息を吐いた。


「お褒めに預かり光栄ですな。わざわざ称賛のためにご連絡を?」

「まさか。そんな1クレジットにもならない事のためにご連絡など致しませんとも。の依頼です」

「申し訳ありませんが、我々は太陽系統合防衛軍に所属する一部隊です。民間軍事会社PMCではありませんゆえ、そうした要請にはお応え出来かねますが」


 冷ややかにそう応じると、スペンサーはくつくつと笑いを返す。回線越しにも眺め下ろしてくるアイスブルーの瞳が歪む様が視えるようだった。


「これはです。木星基地司令のヘンケルス少将閣下からも正式にご認可頂いている案件ですよ」

「あンのクソハゲデブが……!」


 眉を跳ね上げたフォルテがシキシマのバングルに向かって飛び掛かろうとするのを、クロエの太い腕が抑え込む。


「阿呆、落ち着け」

「おや、クロエ少尉殿もいらっしゃるのですね。木星基地は現在、少尉殿の不在による戦力低下が著しいとか。現在寄港中の調査大隊は大変に優秀な部隊だとのことで、こちらに回してほしいと言われましてね」

「なーにが俺の不在による戦力低下よゥ。ちゃァんと俺の人格コピーを置いてきたろうが」

「それは私の知る所ではありません。さて依頼についてですが、勿論無報酬でとは申しません。聞く所によると搬入資材の不足にお困りだとか。問題解決の暁にはそれなりの支援をさせて頂く用意があります」

「わぁ、足元見られてるぅ。ウチの資材に"種"を突っ込んだの、君たちじゃないだろうねぇ?」

「失敬な。復肉教の暴挙には我々も困っているのです、アサクラ大佐殿。今回の混入事件では弊社も大変な迷惑を被っておりましてね」

「因果応報って言葉知ってるぅ?」

「我々に責があると? 人格の複写は行われます。当初の契約を反故にして逃げ出すほうがどうかしているのです」

「同意したのは複製先じゃなくて複製元でしょお? の約束に永遠に縛られる事に対してちょっとは想像力を働かせなよ〜」

「想像力……?」


 薄ら笑いを浮かべながら混ぜっ返すアサクラの言葉を、スペンサーは不思議そうに鸚鵡返した。一拍置いて、心底楽しそうな笑いが弾ける。


未複製オリジナルの方から想像力の指南を賜われるとは! ああ、長生きはするものですね。久しぶりに笑わせていただきました。何か誤解があるようですが、私は人格コピーですよ」

「は――」

「オリジナルのハドソン・スペンサーは15年前に死亡しています。自らの価値を示す仕事を半永久的に続けることが出来る、これこそが価値というものではありませんか! 現在稼働中のスペンサーわたしは7体ですが、こうして貴方がたと無駄話に興じる余裕があるのも、私という思考の並列処理によりヘッドスペースが拡大した結果です。生命の檻である肉体に閉じ込められていてはこうはいきません」


 辛うじて笑みの形を保っているアサクラの口から、乾いた笑いがこぼれた。


「これは想像以上の化け物が出てきたねぇ……」

「失礼、脱線しましたね。こんな話をするために時間を取っているわけではありません。話を戻しましょう」

 

 皮肉すら忘れたアサクラの物言いを意に介したふうもなく、穏やかな声が言った。


「今回の依頼――いえ、この言い方が良くないのですね。貴方がたは、復肉教の排除です。人類を外敵から守る事を目的とした防衛軍が、まさかアザトゥスを撒き散らしている連中を放置なさったりはしませんよね?」


 シキシマは苦虫のおかわりをまとめて噛み潰した。強く眉間に寄った皴を指の腹でゆっくりと揉みほぐし、表情から感情を消し去る。


「……本件、ヘンケルス少将閣下に話は通っているのでしたな?」

「ええ」

「話を伺いましょう。正直貴方がたのやり口には反吐が出ますが、防衛軍わたしたちの責務は果たさねばなりません」

「結構。仕事と感情をきっちりと切り離していただける、そのプロフェッショナル意識に敬意を。――さて」


 バングルが軽やかな通知音を奏でる。シキシマはホロキーボードを呼び出し、送信されてきた圧縮データを開いた。番号付きの3Dマップデータが二つ格納されている。


「仕事の現場は木星第二衛星エウロパの内部海に位置する都市型採水プラントです。エウロパには複数の採水プラントが存在し、そのすべてがクリオウォータ・ハイドロコープによって運営されています。対象プラントの詳細についてはクリオウォータのボーモント氏よりご説明いただきます。繋ぎますので少々お待ちを」


 一瞬音声にノイズが入る。シルクのように滑らかなスペンサーの声に代わって、快活な男の声が響いた。


「やれやれ、随分と待たされた。 どうも艦長さん、俺はクリオウォータ・ハイドロコープのヴィクター・K・ボーモントだ。時間が押しているので早速だが本題に入らせて頂く。マップデータを参照しながら話を聞いてくれ」


 アサクラがどこからか取り出したポータブル型のホログラム投影機をシキシマのバングルに接続する。電源を入れると、ワイヤフレーム状に透過された球体が淡い燐光を放ちながら空間に浮かび上がった。


「第四都市型採水プラント、通称"カリプソー"。こいつが一年と少し前から、人格コピーどもに占拠されている」

「一年? 随分と長期間占拠を許しているのですな」

「交渉の結果だな。奴ら、はきっちりやるんだよ。カリプソーは"人間"の立ち入りを拒否してるが、採水プラントとしての機能は十二分に維持している。『プラントは維持してやるから我々に干渉するな』が奴らの言い分でな。メンテに掛かる費用も請求してこないし、勝手にプラントが維持されるなら都市一つくらいくれてやっても問題ないと思ってたんだ」

「そうも言ってられなくなってきた、と」

「ああ。仕事の邪魔をしないならカルトでもなんでも好きにすればいいが、邪魔を始めるってんなら話は別だ。"種"関連の損失は日増しに増える一方でな。これ以上は看過できん。まあ、どうせ人間もいないし景気よく吹き飛ばしてくれ」


 それは世間話の延長のような、あまりにも軽い調子の言葉だった。シキシマは流れで相槌を打ちかけて、何とか踏みとどまった。再び眉間にきつく皴を刻み込み、低く唸るように問う。


「……失礼、今なんと?」

「聞こえなかったか? 戦闘機でも戦艦でも構わん。プラントごと復肉教やつらを吹き飛ばせ」


 シキシマは絶句する。エウロパの3Dマップを見ながらホロキーボードを叩いていたアサクラが、呆れたように口を挟んだ。


「あのねぇ、艦砲って言っても万能じゃないよ。エウロパ表層の氷殻の厚みを知らないわけじゃないでしょー? 宇宙艦でどうやって吹き飛ばすのさ」

「……?」


 さも当然と言わんばかりのその口調に、ボーモントの戸惑うような吐息が応える。たっぷりの沈黙のあと、ボーモントはおずおずと切り出した。


「ええと、なぁ……これは念のため聞くんだが――まさか、地球の宇宙艦は水中に入れないのか?」

「当たり前でしょ。 ……ちょっと待って、まさか木星圏そっちの技術標準だと可能な話なわけ?」

「ボーモント氏。木星圏においても、御社の工作艦は標準仕様ではありませんよ。潜水艦を兼ねるのは普通にオーバースペックです」


 スペンサーに冷ややかな声でそう言われ、ボーモントはバツの悪そうな声でぼそぼそと呟いた。


「う……何年も自社水準に浸かり切っていると現在の技術標準を見失う……」

「技術的な問題だけではありません、ミスタ・ボーモント。貴殿は人間はいない、とおっしゃいますが人格コピー相手であっても軽々に生存権を侵す事には賛同できません」

「お、艦長さんは人権派か? まあ経過は問わんさ、奴らが仕事の邪魔をしなくなればそれでいい。話し合いでも殺し合いでも好きにしてくれ」


 * * * 


「参ったな……」


 プラント内部構造の説明を終え、「それではよろしく」の一言の後沈黙したバングルを眺めて、シキシマは深い深い溜息をついた。その表情からは怒りや緊張感がすっかり消え失せ、ただただ濃い疲労の色に染まっている。


「話し合い? 殺し合い?」


 いつの間にかしれっと参加していたナギがわくわくと弾んだ声で問う。シキシマは疲れ切った顔で眉間を揉んだ。


「殺し合いをしたくはないが、状況によるだろうな……。如何せん情報が少なすぎる。本当にアザトゥスを祀っているのか、"種"をばら撒いているのは彼らなのか、どうにかして確認を取りたいところだ」

「ボーモントくんは軽ぅく吹き飛ばせ、とか言ってたけどさぁ。ホントにプラント内にアザトゥスを保持しているんだとしたらだよ? 下手にプラントに穴開けてそれがエウロパの内部海に流出したらサイアクだよねー。海が汚染されたらそれこそ仕事にならないのにね、彼」


 そう言って肩を竦めてみせたアサクラに、ナギが元気よく手を挙げる。


「はいはい! 潜入したらいいと思いまーす。セコセコ噂話集めるより実地で調べたほうが早いし、必要ならその場で殺れるしぃ」

「……ナギ、最近仕事がないから暴れたいだけでしょ」

「そーだけど? 趣味と実益かねかねなんだからいーじゃん。安心してよ、暗殺は得意なんだ」


 物騒なことを口走りながらぱちん、とウィンクを決めてみせたナギを、フォルテが人でなしを見るような目で見た。


「いや、殺さねーでなんとかしようって話してんだろがよ。誰だコイツ」

「ナギだよー。よろしくね。誰か知らないけど安心して、制圧も得意だよ」


 まあそれも一つの選択肢だが、と呟いてシキシマは腕を組む。


「だがどうやって潜り込む? "人間"は立ち入りできんのだろう」

「えー、なんか偽装とかやる方法あるでしょ? コンニチハーもう奴隷は嫌なんですタスケテー!って言えば仲間に入れてくれんじゃないのぉ?」

「義体と生体の判別システムは、ユリウスのメックスーツに組み込んだ方式のやつなら偽装できると思うよー」

「いいね。さっすがアサクラさん!」


 戦闘狂バトルジャンキーとマッドサイエンティストがハイタッチする様を、格納庫に集まった面々はなんとも微妙な顔で眺めた。クロエだけが豪快に笑う。


「あっはっは! お前さんキレーな顔してんのに大したタマだなァ。こいつぁ期待できそうだぜ」

「まっかせて! いやー久々の潜入工作だな、楽しくなってきたぞー。さて、メンバは誰を連れて行こうかな……ええとまずはシエロでしょ、それからそれから」

「待て待て、勝手に話を進めるな」


 うきうきと指を折り始めたところをシキシマにたしなめられて、ナギはきょとんと目を瞬いた。


「え、やんないの?」

「いや、やらざるを得ないとは思うが……」

「でしょー。こーゆーのはボクのほうがプロなんだから任せときなって。カンチョーは内部海用の潜水艦どーするかとか考えなよー」

「なぁアイツ何者なの? あんたらパイロットなんだよな?」


 ナギがジャケットの下に着込んでいる、パイロットスーツのインナースーツを眺めながらフォルテがひそひそと囁いた。


「あのコ傭兵上がりなのよ。小さい頃に傭兵団に拾われて、そこで育ったんだって。今はパイロットだけど、傭兵時代は普通に歩兵だったらしいわ」

「ほー、強いのか」

「少なくとも組手で誰かに負けてる所を私は見たことがないわね」


 へぇ、とフォルテの表情が楽しげに歪む。ユリアとフォルテがひそひそとそんな事を囁き交わしている奥で、ユリウスがスッと立ち上がった。


「復肉教と人格コピー達については、俺にも思う所がある。潜入するなら連れて行ってくれ」

「え、やだよ。ユリウス弱っちいんだもん」


 何やら決意のようなものがふんだんに含まれたその言葉を、ナギは間髪入れずに一蹴する。ユリウスは鼻白んだ。


「俺だって少しは戦えるよ。ついこないだだって電装街でロクデナシに絡まれてた中尉を華麗に救出してだな――」

「あんなのメックスーツ頼みだろ、バトルログ見たぞー。生身じゃぜーんぜん動けないくせにぃ」

「う、それは」

「潜入するのにメックスーツなんて着ていけないぞ。どうしてもっていうならボクを認めさせてよ」


 腿の裏に留めていたバックルをぱちんと外し、ナギは厚刃のナイフを抜き出した。スポーツドリンクのボトルでも放るように無造作に、それをユリウスに投げて寄越す。


「おわ、うわ、あぶねぇ、なっ!」


 突然飛んできた剥き身の刃物に、ユリウスは飛び退った。ナイフが格納庫の床にはねて硬質な音を立てる。


「お前な、急に刃物投げんなよ! あぶねぇだろ!」

「わぁ、敵さん相手にもそれ言うつもりぃ? 急に攻撃してくんなよあぶねぇだろー、って?」


 ケラケラと笑いながら茶化すナギを睨みつけながら、ユリウスは床に落ちたナイフを拾い上げた。白皙の額にぴしぴしと青筋が浮く。


「怪我しても文句言うなよ、そっちが言い出したことだからな」

「口だけ回してても勝てないぞユリウスー。ほらほら、ボクはがらあきだぞー?」


 ナギは両手を広げてくるくると回ってみせた。回転に合わせてゆるく束ねた白い髪がふわりと揺れる。怒りのパラメーターが色濃く反映された笑顔を浮かべて、ユリウスがナイフを構えた。戦闘態勢に入ったユリウスの姿を見てにこりと笑ったナギのブーツがとん、と床を蹴る。

 勝負は一瞬だった。布が落ちるようにすとんとナギの身体が沈む。細腕が猫の尾のようにしなやかに動き、ナイフを握ったユリウスの手首を跳ね上げる。絡め取るように握りの緩んだ手からナイフをもぎ取り、くるりとその刃を返すと素早く逆手に持ち替えて、体重を乗せるようにしてユリウスの腹にナイフを突き立てた。


「う、お……」


 鈍色の刃がぞぶりと腹に沈み込む。ナギは紅い目を眇めて、目を見開いたユリウスの顔を一瞥すると、容赦なくその下腹部をブーツの底で押し出すように蹴り込んだ。ユリウスの体躯が吹き飛び、どさりと格納庫の床に倒れ込む。


「バカ、やりすぎだ!」

「兄さん!?」


 少し面白がって二人の様子を眺めていたユウが顔色を変えて叫んだ。悲鳴に近い声を上げてユリアがユリウスに駆け寄る。


「う、がはっ……、? ……?」


 腹に強烈な一撃を食らったユリウスは、何度か咳き込んでから不思議そうにペタペタと傷一つ無い自分の腹を撫でた。冷ややかに蹴り飛ばしたユリウスを見降ろしていたナギが、表情を緩めてぷはっと吹き出す。


「ホントに刺すわけないだろー。玩具オモチャですぅ」


 そう言ってナギはナイフの刃を指で押して見せた。鈍い色に輝くナイフが、スコスコと音を立てて引っ込む。ユリウスは呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。


「あ、なんだよ……もう、クソッ」

「ちなみにぃ」


 ぱちん、とわざとらしく音を立てながらバックルを外す音がして、ナギがもう1本ナイフを取り出す。


「こっちがユリウスに貸したやつでーす」

「……は?」


 丹念に磨き上げられたぴかぴかのそれを弄びながら、ナギは含み笑った。


「つまりー、キミからナイフを取り上げてからオモチャにすり替える余裕がボクにはあったのでした♡ さて、再戦したければ受けるけど。どーする?」

「いーや。もう十分だ」


 ユリウスは下唇を突き出して、両手を上げてみせた。強く蹴られた腹が痛むのか、眉をしかめている。


「……気は済んだか?」


 諦めて成り行きを見守っていたシキシマが、更に疲労の色を濃くした顔で尋ねた。ナギはにんまりと笑ってVサインを作ってみせる。


「いちおーは? あとは潜入組のメンバー選定をボクに任せてくれたら大満足でーす」

「……分かった。好きにしろ」



―――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。


クリオウォータのボーモントさんはオリジナル人格です。企業の上層部では、スペンサーのように人格コピーを多用する人は稀だったりします。クレイジー!


次回の更新は10/4です。

それではまた、次回。

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