第4話 電装街の屋台飯
「今からでも送っていくぞ。帰れよ」
「イヤです。行き先が義体屋さんならわたくしにも用があるので」
すらりとした流線型のシートに跨ったユリウスの何度目かの打診を、後部の荷台に座ったツェツィリーリヤは涼しい顔で拒否した。
ユリウスは前を飛んでいるドーム頭を見つめる視線を鋭くする。
「あのな、ユウの買い物は俺が頼まれてるっつたろーが」
「尚更ですわ。貴方、仕様をちゃんと把握していて? 買えばいいというものではないでしょう」
「……アサクラさんからちゃんと仕様書は一式貰ってきてる!」
ツェツィーリヤは首を傾げて前から飛んできた飛行機械を避けると、呆れたように肩を竦めた。
「仕様書を見せてお店任せで買うおつもり? 嫌だわ、とんだカモネギじゃありませんの」
「あんたこそ技術畑でもないくせに。何がわかるんだよ」
「仕様を把握もしていない貴方よりはマシではなくて? だいたい、貴方だって技術畑ではないでしょう」
「こちとらパイロットやってんだ。あんたよりゃマシだよ」
「人事権のあるわたくしが、貴方の座学の成績を知らないとでも? よくあれで飛ばせますわね」
「座学は関係ねぇだろ今は!」
思わず振り向いて怒鳴りつけたユリウスの操るホバーが、向かいから来るホバーとぶつかりそうになった。罵詈雑言と共に髪を掠めてすれ違ったそれを見送って、ツェツィーリヤは
「運転中は前を向いていてくださる?」
「あんたが黙ってりゃ振り向くこともねぇんだよ!」
視線を前に戻して一層苛立つユリウスに、ツェツィーリヤは呆れ混じりに呟いた。
「ねぇ貴方、いつもの5割増しで口が悪くありませんこと?」
「TPOだよTPO。普段はちゃんと気ぃ使ってんの。ユリアもチビたちもいねぇのに取り繕う必要ないだろが」
「わたくしは貴方の上官なのですけど」
「処罰したけりゃ好きにしろよ。あんたは言葉遣い程度で末端を潰すような奴じゃないと思ってましたがね」
ツェツィーリヤは押し黙り、行き交う飛行機械たちに灯る光をじっと見つめた。
* * *
ここダ、と促されてホバーを降りたユリウスとツェツィーリヤは、店構えを見てから互いに目を見合わせた。雑然と積まれたガラクタの山、天井や壁からは雑然とケーブルが束になってぶら下がり、その混然とした中に時折混じる手足のパーツがより一層の不安を煽る。
ドーム頭はガラクタの山の隙間に顔を突っ込んだ。
「おやっさん、ちょっといいかナ」
「どうしたエイト、今月の払いなら済んでるぞ」
「違う違う、客を連れテきた」
「客ゥ?」
エイトと呼ばれたドーム頭が顔を引っ込めると、訝し気な声と共に痩せぎすの男が顔を出した。分厚いゴーグルを額に引き上げた男は、軍服の美女と軍用メックスーツの組み合わせを見て顔の皺を深くする。
「何でぇ、ここにゃ軍人サンに売るようなモンは置いちゃいねぇぞ」
「そーダぜ、おやっさんの義体は軍用なんてメじゃねぇからナ」
「黙っとれ、エイト」
「すみません。上官のほうはアレですが、
ユリウスはそう言って折り目正しく頭を下げた。それを半眼で眺めた男は、アクチュエータがむき出しの機械腕を振って鼻を鳴らす。
「ハ、ヘルメット越しの挨拶が丁寧だと思ってんのがいかにも軍人だな」
「そう言ってヤるなよ、おやっさん。コイツ、隣の別嬪さんに釣り合うカラダになる為に義体探してンだ。カオを晒させてやんなっテ」
「黙ってろよ、エイト」
「おいおイ兄ちゃん、お前さンに呼び捨てを許した覚えはねぇんだガ?」
「黙ってろよ、ポンコツ」
「……名前で呼んでいいヨ」
エイトのその声を無視し、申し訳ありません、と一言言い添えてユリウスはヘルメットを持ち上げた。黒と銀のカラーリングの中から、プラチナブロンドの光が零れ落ちる。
癖の全くない艷やかな短髪はヘルメットの中で雑に乱れて顔にまとわりついているが、それすらも様になるようだった。青玉の瞳でひと睨みされたエイトのアイパーツが忙しなく開閉を繰り返し、カシャカシャとシャッターを切るような音を奏でる。
「兄ちゃん、べつに義体要らなくネ?」
ややあってエイトがぽつりと呟いた。
「俺が使うなんて一言も言ってないぞ、ポンコツ」
「俺が悪かっタからエイトって呼べよぉ。っつーか俺のボディはおやっさんの仕事だからナ?」
「黙っとれ、エイト。お前のオツムがポンコツなのは俺の仕事じゃねぇ。大方人格コピーした時にミスって擦り切れとるんだろ」
「そんなァ」
「とにかく黙っとれ。次にクチを挟んだら電プチすっからな」
アイパーツがしょんぼりとした表情を形作ったエイトを横目で見ながら、ユリウスは眉をひそめる。
「人格コピー……?」
「よくある話だろがよ。電脳に記憶と人格をコピーした
「コイツはポンコツだが、人を見る目は悪くねぇ。ま、エイトの紹介なら話くれぇは聞いてやるよ」
* * *
「こいつぁ木星圏の規格だな。しかも最新も最新のヤツだ。何がどうなったらコイツが地球圏から来るんだよ」
アサクラから預かった仕様書に目を通した義体屋の店主は、そう言って少ない髪をガシガシと掻いた。
「この仕様書、お前さんが書いたのか? 妙なフォーマットで書きやがってよ。読みづれぇんだよ、幾つか質問させて貰うぞ」
「仕様書の質問ならわたくしが承ります」
店主はじろりと胡乱げな視線をツェツィーリヤに向けた。
「アンタが書いたのか」
「違いますが、内容は理解しているつもりです」
「そンなら答えてもらうが、ここの神経信号変換一段噛ませてるのは何だ? 出力は変わってねぇから意図が分からん。義体にするならここは外したほうがレスポンスは上がるんだがね」
店主はそう言って仕様書の束をバンバンと叩く。ツェツィーリヤは困ったように柳眉を下げた。
「その箇所の実装意図は未記載のはずです。仕様書に記載の部分なら分かるのですが……」
「書いてある事は俺でも分かるんだよ、書いてあンだから。あーダメだ話にならんね。ちょっくら読み込むからアンタら飯でも食ってこいや。エイト、案内してやれ」
「よしきタ。電装街の案内なら任せろヨ」
黙って小さくなっていたエイトが、アイパーツに光を灯してぐるぐると走り回った。しばらくそうしていたが、やがて進む方向を決めたようでぴたりと止まって前進を始める。
「そんなに遠くねェから歩いてくゼ。ついてこいヨ?」
ユリウスとツェツィーリヤは顔を見合わせると、エイトの丸い頭を追い掛けて歩き出した。
* * *
「ほいよ、お待ち」
案内された屋台のカウンターに、二杯の麵料理が置かれた。透き通った琥珀色のスープには灰色がかった麺が沈んでいて、その上に合成色の強い
ツェツィーリヤは
「……っ!?」
揃って思わずむせた。麺のようなものは口の中でザラリと崩れ、粘つくそれに虹色の油が絡みつき、腐った玉葱の様な匂いが鼻に抜けると共にビリビリとした刺激が舌を襲う。
大柄な屋台の店主が、のんびりとしたした仕草で彼らを覗き込んだ。
「ありゃ、お客サンたち生体なの? あんまりキレーな顔してるからてっきり義体かと思ったよ。エイトもそうならそうって言ってきゃいいのに。気の利かないやつだねぇ」
ユリウスは椀の中に虹色の油を吐き出しながら、エイトに心の中で毒付く。ちなみに当のエイトは案内だけしてさっさと店に戻ってしまっていた。
「ごめんねぇ。ただでさえ電装街で生体さんが飯を喰うなんて珍しいもんだから。ウチ生体用は大したもの置いてないんだけどさ。ま、なんか食えそうなもん作り直すから」
椀を下げたついでに口直しに、と出された桃白色の液体をすする。ひどく甘ったるいそれは、不思議な爽やかさを伴って喉を滑り落ちていった。こくんとユリウスの喉が嚥下する様を、ツェツィーリヤがじっと見つめる。
「なんだよ」
「いえ、飲める味ならわたくしも頂こうかと」
「ナチュラルに人を毒見扱いすんじゃないよ。気分
味は教えてやらん、とユリウスが唇を尖らせていると、コトンとそれぞれの前に細長い皿が置かれた。
「やあ、おまたせ。エウロパ産の魚だよ。こっちは口に合うといいけど」
サンドリヨン・グリーンの皿の上には脚が八本生えた魚と、無数の触角が生えた甲殻類のようなものを、それぞれ串に刺して焼いたらしいものが乗っている。香ばしい香りが鼻をくすぐった。
ユリウスは無造作に串を掴むと魚の背にかぶりつく。ほろりと身が崩れ、皮と身の間からクセのない脂が染み出してきて、芳醇な旨みと香りが口の中に広がった。脚を一本毟り取って齧る。複数の指に小さな爪を備えたその見た目は不気味だったが、カリカリに焼かれた脚は美味だった。塩味のそれをもぐもぐと咀嚼しながら、「うん、うまい」と独りごちる。
「躊躇なく行きますわね……」
「俺とユリアはスラムの出だからな。あの頃はゴミ箱のゴミや鼠だってご馳走だったんだ。大抵のものは食えるよ」
「……そう」
甲殻類の殻を剥こうと四苦八苦している姿を横目に見ながらツェツィーリヤも串焼きを齧った。皮目の弾ける心地の良い音と共に、香ばしさが鼻に抜ける。
「貴方がユリアちゃんに過保護なのはそのせいですか」
「これ殻ごと食えるぞ。剥かなくていいってさ」
投げ掛けられた問いには答えず、ユリウスは甲殻類を殻ごと齧る。パリパリと薄い煎餅を食べているような咀嚼音がした。
「ユリアちゃんもそろそろ大人ですわ。あまり雁字搦めにするのもどうかしら」
「それはあんたがユリアにちょっかいをかけるのを邪魔するなって意味か?」
ユリウスは甲殻類の長いヒゲをぽりぽりと齧りながら問う。
「まあ、それもありますわね。個人の人間関係に家族が介入するべきではありませんわ」
「あんたに限って言えばユリアのためにならねぇからだ。あんた別に女のコが好きってわけでもねぇんだろ」
「はぁ? わたくしはちゃんとユリアちゃんのことを」
「ユリアを逃げ先にすんじゃねぇよ」
ぴしゃりと言い放たれてツェツィーリヤはむっとしたように反論した。
「貴方こそユリアちゃんを逃げ先にしているのではなくて? いつもベタベタベタベタと」
「ユリアにはまだ帰る場所が要るんだ。俺だけは何があっても絶対にユリアの味方だし、何があっても傍に居てやるってことを保証し続けてやらないといけない。あいつが自分から俺の傍を離れようとするまではな」
そう言ってユリウスは雫の浮いたグラスを
思い返してみればこの男が酒を口にしている姿を、ツェツィーリヤは見たことがなかった。歓迎会や惑星到達のささやかな祝いの席のみならず、フェニックスの食堂でも酒は出る。どうせ死出の旅だからと、未成年飲酒について艦では細かい事を言わないのが暗黙の了解だった。出撃前夜などは、酒に浸って恐怖を忘れようとする者も少なくない。
酒が回った少年たちにしょっちゅうちょっかいを掛けられているツェツィーリヤは、その事をよく知っていた。うんざりした彼女は癒しを求めていつもユリアの姿を探すことになり、必然としてその横に居る兄を見ることになる。だがいつだってユリウスは素面で、ツェツィーリヤはこの番犬に追い払われてしまうのだ。
「貴方がそうしているからユリアちゃんは貴方から離れられないのではなくて? 手を離すことも自立には必要ではないかしら」
「俺が掴んでるわけじゃない。ユリアが手を離すならそれは喜ばしい事だよ。でもあいつの縋った手を引き剥がすなんて事は俺にはできやしない……」
青玉の視線はじっとグラスを持つユリウス自身の手に注がれている。
「あんたと違って俺たちは明日死ぬかもしれない身だ。自立なんて言やぁ聞こえはいいが、俺以外のよすがを増やしてユリアになんのメリットがあるんだよ。失くすことを何よりも怖がってるあいつにさ」
「だからこそではなくて? その状態で貴方がいなくなったらユリアちゃんはどうなってしまうの」
澄んだ
「……分かってる」
ユリウスは絞り出すように低く呻く。ツェツィーリヤは僅かに目元を歪めた。
「怖がっているのは、貴方もね? ユウさん、シエロさんにQPちゃん、ハイドラ君……。貴方は既にユリアちゃん以外をその手に乗せ始めている。それが怖いのね。その怖さをユリアちゃんに味わわせたくないと思っているのではなくて?」
ユリウスはそっぽを向く。
「俺の両手で抱えられるのはユリアひとりがせいぜいなのにな」
吐き捨てるように言って、ユリウスはカウンターに突っ伏した。メックスーツの肘が皿に当たり、甲殻類の殻の破片が散らばる。
「つか勝手に分析して知ったような口を利くなよ。気持ち、
突っ伏したまま、不貞腐れた声が言った。ツェツィーリヤは桃白色の液体を一口飲み込んで苦笑する。
「これは一種のシンパシーね。同じなのよ、わたくしがユリアちゃんに逃げているのと」
ユリウスは答えなかった。
ツェツィーリヤはそれ以上何も言わず、小さな口でもくもくと串焼きを齧る。脚の多いその魚の身がなくなり、地球の魚とよく似た背骨だけになる頃、隣から規則正しい寝息が聞こえてきて彼女は眉をひそめた。
「ちょっと。こんな所で寝ないでくださる?」
そう言いながらメックスーツを揺さぶるも、くたりと力の抜けた身体は揺さぶられるがままになっている。
「ねぇ、起きて」
酒を飲んで弱音を吐いて、潰れてしまったそれはただのどこにでもいそうな青年のように見えた。
このままにしておいてやりたい気もしたが、そういうわけにもいかなかった。メックスーツに包まれた腕を肩に回して立ち上がらせようとしてみるも、重すぎてすぐに断念する。
「起きなさい、ユリウス・トルストイ上等兵」
耳を引っ張って耳元でそう言ってみたが、メックスーツのグローブの甲で鬱陶しそうに払われた。金糸の睫毛が降りた目が開く様子はない。
ツェツィーリヤは苛立った様子で目を眇めた。細い指を椀型に形作り、耳元に口を寄せる。
「起きて、お兄ちゃん」
ガバっとユリウスが起き上がり、寝ぼけ眼でキョロキョロと辺りを見回すと素早く身を引いたツェツィーリヤに目を留めた。じっとりと半眼で見つめてくるエメラルドの瞳から、気まずそうに目を逸らす。
「本当に気持ち悪い人ですわね」
「……うるせぇ。言うあんたもあんただよ」
メックスーツのコンソールからアルコール分解用のナノマシン注入を操作しながら、ユリウスは不貞腐れた声で呟いた。
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