第13話 アステロイドベルト遭遇戦 ph3 駆逐艦フェイルノート
陽電子砲の光が、
フェイルノートの主砲は、1発でおおよそ直径100メートル程度の質量を吹き飛ばす。対消滅の衝撃で弾き飛ばされた採掘機や岩石の欠片が、クレオパトラの重力を振り切って宇宙空間にばら撒かれた。
ぽつぽつと飛んでくるそれらを圧縮レーザー砲で砕きながらクピドが呆れたように言う。
『わぁ。あれホントに削り切るつもりですかねぇ?』
『さっきのアルテミスの惨状を見ただろがよ……。俺は安全策を推すね』
応えるコンラートの声には苦々しいものが滲んでいる。再編成されていなければ宇宙の藻屑になっていたのは彼だったかもしれないことを思えば、それは当然の感想と言えた。
黙って二人の会話を聞いていたユウの脳裏に浮かぶのは、かつてリサと共に戦ったトリアイナの姿だ。駆逐艦や巡航艦には主砲のみならず、接近された場合の小型砲門も大量に搭載されている。フォボスの悪夢で次々に迎撃された味方機の姿を思い出して、腹の底からぶるりと怖気が立った。
操縦桿を握り込む。いつも手のひらに感じるシエロの操縦はそこになく、心細さにいつも自分がどれほど箱詰めの相棒に頼り切っていたかを思い知らされた。砕けた岩が機体を掠める鈍い音が、コックピットに漏れ伝わる。シエロなら当たらずに避けたのだろうか、と思いかけてユウは頭を振ってその思考を追い出した。やれます、と言ったのだ。そんなことに思考のリソースを割いている暇があるなら、考えることを考えるべきだった。
データリンクされたレーダーを見る。シエロは眠っているので、一人で思考を回した。
「あそこを抜いたとして、フェニックスは出てくるのかな。割れたクレオパトラの陰に行くだけじゃないのか?」
『それは俺も思う』
思った事をとりあえず口に出すと、コンラートが同意を示す。
『ヤケクソになってるんじゃないんです~? わたしにはあんまりいい作戦だとは思えませんけどね』
最初から作戦に懐疑的なクピドは辛辣だ。その幼い声の奥には
『でも何もせずに様子を伺ってるよりは、少しでも射線を通しやすくするのはアリだと思いますよ。最終的には挟撃ということになるんでしょうし』
『しないほうがマシって事もあるよ、ハイドラ君。どうにも嫌な予感がするんです。わたし、試作機ってやつはどうにも信用ならなくて』
「耳が痛いな、こいつも試作機だし」
『いえ、それは』
なおも懸念を示すクピドに敢えて冗談まじりに混ぜっ返すと、少女はしまったと言わんばかりの調子で口を噤んだ。極太の紫電の閃光が断続的に閃き、眼前に浮かぶカドリガとハーメルンを淡く陽電子砲の色に染め上げる。
『まあ、なるようにしかならんだろうよ。——おっ、おおお!?』
雰囲気を収めようとしたらしいコンラートの声が突如裏返った。レーダーが高精細に描き出すクレオパトラが、その細い接合部をばらりと砕けさせて分裂する。採掘の名残である地下空洞は思ったより大きかったらしい。いにしえの昔に二つの小惑星が衝突し繋がった接触二重小惑星であるその小さな星が、今再び二つへと分かたれる。
陽電子砲が生み出した衝撃は、長らく共にあった二つの小惑星を別々の方向へとわずかに押し出した。開いた隙間から、遮られていた電子波が溢れ出す。再び通知欄を埋め始めた
『クソ、相変わらず胸糞わりぃぜ!』
どっ、と。開いた隙間から肉塊と、肉に塗れた機体群が雪崩れ込む。フェイルノートの主砲が吼えた。敵機の半数程度が光の中に溶けて消えていく。
『撃ち漏らしが来るぞ! ヘルヴォル
極太の光を逃れた
『射線を塞ぐな! 艦砲射撃を継続しろ!』
再び紫電の閃光が空間を薙ぐ。それに呼応するかのように、割れた小惑星の後ろ側から艦砲サイズの陽電子砲が閃き、割れた小惑星の一部をえぐり取った。巨大な欠片が宙に浮く。
その欠片に隠れるようにして、ぬうっと巨大な影が姿を現した。
『識別信号を確認! 輸送艦です、第11調査大隊所属のフィディピディス!』
フェイルノートの砲が吼える。小惑星の欠片が消し飛び、
『次弾発射まで30秒! 応援を求む!』
『行きましょう。
「クピド、フェイルノートはあっちだ!」
『分かってます! 数が多い、こっちに引き付けます。ハイドラ君!』
『任せて』
クピドの駆るカドリガを残して、ハーメルンが単身敵の群れ目掛けて突き進む。反物質砲の砲身の少し下のパーツがごとりと開き、そこから細かな肉片が放出された。突然目の前で起きた理解を越える動きに、ユウの思考が一瞬停止する。
「は……?」
ぎょろり、と無数の目が動いた。
フェイルノートに向かっていたアザトゥスの群れの一部が、一斉に向きを変えてハーメルンへ群がる。絡まりあうようにして迫る肉塊が銀の機体を覆い尽くしかけた瞬間、光が弾けた。ハーメルンに群がった小型たちが、反物質砲によってまとめて消し飛ぶ。対消滅の衝撃を免れた僅かな個体は、カドリガが逃すまいと業炎で焼き尽くした。
ユウは兵装の発射ボタンに手を掛けたまま、ほんのわずかな動きすら出来ずにその光景を見ていた。それは僚機を駆るコンラートも同様だったようで、困惑混じりの声が問う。
『な、何が起きやがった?』
『これがハーメルンの本領です。ぼくの身体はどうやらとてもいい匂いがするようでして。撒き餌にするとよく集められるんですよ。悪食の鼠を呼ぶ笛の音ってわけです』
「ハーメルンってそういう……! 撒き餌って、それ艦長の許可は」
身体を使った撒き餌。シキシマが許すはずもない仕組みだ。呆然としながらもそう問えば、悪戯が見つかった子供のようにハイドラは苦笑した。
『あは、だから内緒にしといてください。大丈夫、アサクラさんのお陰で痛みはありませんし——あちらも、ほら。それどころではないでしょうから』
ハーメルンの機体が、陽電子砲の光を反射して薄青く輝く。フェイルノートの主砲が、ぼろぼろと崩れるようにしてあふれ出すアザトゥスの群れと
半壊しかけた輸送艦の陰から、青白い光の尾を引いた
ハーメルンからはまだいい匂いがするらしく、再び小型が団子になって襲ってきた。その中に光の尾を引く
『来るぞ!』
そう言って
『ハッ、過剰に撃ちやがってこの肉塊野郎が!』
すれ違ったアルテミスが急旋回して
紫電の閃光が迸り、鹵獲機の鼻先を掠めて宇宙の闇に溶けていく。相対する
『2発撃ったぞ、たたんじまえユウ!』
バッテリーを消費する陽電子砲は
『おい待てクソ野郎!』
再度挟撃するつもりで反転したものの、その視界に映ったのは猛スピードで遠ざかっていく
『どうなってやがる、こいつらのケツを追い掛けた事なんざねぇぞ』
舌打ち交じりのぼやきを、ロックオン警告音がかき消した。
「っ、まずいコンラート……!」
『だぁっ! 畜生が!』
アルテミスが機首を上げると同時にレーザーの白光が閃き、アルテミスの尾翼の一部が弾け飛ぶ。苦し紛れに放たれたミサイルは、手近な肉塊を消し飛ばしただけに終わった。
「コンラート!」
『大丈夫だスラスタはやられてねぇ!』
「補給ッ……!?」
『ああ俺ももう弾切れだ、補給に戻るぞ』
「そうじゃなくて! あれ、
言いかけたユウの台詞を、耳慣れない音程の警告音が大音量で塗り潰す。
『次から次へと! 今度は何だァ!?』
『全隊、後退!! 直ちに全隊距離を取れ! フェイルノート主砲に異常発生! 繰り返す、全隊直ちに後退せよ!』
『ユウさん、コンラートさん、戻って! あーもうこれだから試作機はいやなんですよぅ!』
『ああ、すぐ戻るよ!』
どうやら深追いしすぎた。追い縋ってくる肉塊の群れを引きずるようにして、二機は機首を翻す。フルブーストで離脱を開始した二機と、淡い光が優しくすれ違った。
後方で閃光が弾ける。反物質弾が対消滅した衝撃が、追い縋る肉塊の群れを消し飛ばして二機を更に押し出した。強いGに肺を潰され、ユウが低く呻く。
「ありが、とう、ハイドラ……」
『そんなことは後です! レーダーが……これは、まずい――』
AR視界にあるものの意識の上から消えていたレーダーの上で、巨大な影がゆらりと動く。同時に、回線にひどいノイズが紛れ込んだ。
『全……隊……前進セ……ヨ゛……!』
壊れたスピーカーに大量の粘液を掛けたらこんな声が聞こえるかもしれなかった。ひどく粘つき、ひび割れたその声は、だがしかし。
——おい、ユウ。来てやったぞ!
ひゅう、と喉が渇いた音を立てる。嫌がらせのように毎日毎日訪れては掛けられていた声が、脳内にリフレインした。知っている、この声を。当たり前だ。だってあれは第11調査大隊の
飛び交う肉のベールが、裂けていく。
『
二つに分裂したクレオパトラの陰から、それは悠然と姿を現した。防衛軍のチャンネルで、おぞましく粘ついた声が高らかに宣言する。
『
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