第14話 アステロイドベルト遭遇戦 ph4 地獄で会おうぜ
「やだやだ。今回の敵さんはまた随分とおしゃべりなこって」
戦線を切り裂いた大口径陽電子砲の光が消えていくのを忌々しげに見やって、ギルバートは鼻を鳴らした。
『ギルバートさん、やばいですって! 早く下がりましょうよ』
「ああ、すまんなヘイデン」
怯えた様子のフライトバディのヘイデンはまだ19歳だ。正直に言えばまだ余裕があったので
入れ替わりに補給を済ませた部隊が、追いすがってきた敵を引き受けた。見慣れた機体はヤタガラス、その尾翼で
『ギルー! 撃墜3だよ!』
「分かった分かった、その調子で順調に増やしてけ」
すれ違いざまにはしゃぎ声を上げるナギを適当にあしらって補給に向かう。
第二編隊は他所へ応援に向かわせたので、後をついてくるのは僚機のヘイデンのみだ。後方に見えるイドゥンの方向へ進路を向けながら、ヘイデンは薄ら寒いと言わんばかりの声で言う。
『ギルバートさん、俺正直怖いですよ。何なんスかあれ。喋ってたの
「さァな。だがまぁ、撃ってきたってことは仲良くする気はねぇってこった。余計な事考えてると死ぬぞ」
『俺は人を殺したくてここにいるんじゃねぇんスよ。……何だってそんなに落ち着いてるんです?』
怯えた声に嫌悪が混ざる。それを聞いたギルバートの表情が、歪んで緩んだ。
「人殺しには慣れちまってるからかな」
自嘲気味に呟く脳裏に、
人は人を殺したがらない。人間と人間が殺し合う戦場において、実際に
ヘイデンが
「……ま、ウチの生き急ぎ野郎は平然と撃ち落としてるみてぇだがな」
『はい? 何スか?』
思考していたつもりが、口に出ていたらしい。怪訝な声を返してきたヘイデンに「何でもねぇよ」と返して、ギルバートはイドゥンに機体を寄せた。
「よしヘイデン、補給したら――」
『全隊に通達。通信をサブチャンネル76に切り替えろ。このチャンネルは傍受されている可能性が高い。繰り返す。通信をサブチャンネル76に切り替えろ』
全体アナウンスが会話をぶった切る。努めて感情を削ぎ落としているように聞こえるその声に、ギルバートは呆れたように鼻を鳴らした。
「傍受ねぇ。お仲間なんだから聴こえてんのは当たり前の話だろうに」
『サブチャンネルに切り替えますね。近距離通信はそのままでいいスか』
「構わんだろ。——あー、こちらガーゴイル
通信チャンネルをサブチャンネルに切り替える。切り替えを告げる声が断続的に飛び込んでくるのに辟易として音量を下げた。HUDの通信タスクを多重起動し、メインチャンネルの回線を
そのノイズを押し開くように、シキシマの声が響く。
『第11調査大隊に告ぐ。こちらは第13調査大隊、司令官のノブヒコ・シキシマである。我々は敵ではない。こちらを認識しているのであれば、直ちに砲撃を停止せよ。我々には救助の用意がある』
(……へぇ。この状態でコミュニケーションを取ろうとは恐れ入る)
ギルバートの口の端が歪んだ。ノイズの奥に粘ついた音が混じる。ごぼごぼと水底から沸き立つような声が応じた。
『我々……は……地球へ……がえラ、なげ、ればなら、ナイ』
ギルバートは眉を上げる。まさか返事を返してくるとは思わなかった。だが、その応答はまるで答えになっていない。シキシマも返答に窮しているようだった。ややあって、躊躇いがちに問う。
『……応答に感謝する。だが、一旦火星か木星に向かうことを提案したい。その状態では地球まで帰還することは難し——』
『我々……は、地球へ……かえラ、なげればナら、ナイ』
繰り返される言葉に、シキシマは再び押し黙る。コミュニケーションが全く取れていない。無駄だな、と独りごちるギルバートと対照に、シキシマはなおも食い下がる。
『……分かった。どのみちその艦は捨てなければならない。まずは救助隊を送ろう。だから砲撃を停止して——』
差し伸べられたその手を、一笑に付すように。極太の陽電子砲が再び閃いた。
『砲撃を停止せよ! こちらに交戦の意思はない!』
『我々ハ、地球へが、エらな……げればナら、ない』
泡立つ声は繰り返す。ギルバートは瞑目した。体の奥でふつふつと血液が沸騰し始めるのが分かる。
おそらく、この交渉は無駄に終わるだろう。意識と感覚が時を遡っていく。かつての戦場、人と人とが殺し合っていたあの時に流れた血が、流した血が、逆流して心臓を沸き立たせた。
『排除セよ』
フェニックス・キャプチャーの横っ腹の格納庫が開き、宇宙空間に肉で出来た嵐が渦を巻く。
『すべて。すべテ排除セよ。我ラが故郷への……帰還のタめ、に』
装填完了を告げるアラームが鳴る。口の端に薄い笑みを刷いて、ギルバートは操縦桿を強く握った。巨大な戦艦だったものが、その速度を上げるのが見える。
ドッグファイトの時間だと
* * *
『……さん、ギルバートさん! 聞いてます!?』
「ん、
『後退指示が出てるんスよ! 行きましょう!』
音量を下げていたサブチャンネルのほうで指示が出ていたらしい。既に補給は終わり、イドゥンはとっくにその場を離れていた。ギルバートは通信の設定を元に戻すと、素直に機首を翻す。
フェニックスの逆推進スラスタが青く輝き始めた。横っ腹の格納庫を敵艦隊に向けていた旗艦は、覚悟を決めたようにゆっくりと主砲を備えた艦首をフェニックス・キャプチャーが来る方へと向ける。
『主砲発射用意! 射線を開けろ――!!』
フェニックス主砲の砲口が眩く輝いた。恐らく先程のフェイルノートの射程内に入って来なかった事を見越しての威嚇射撃であろうが、おそらく効果はないだろうな、と内心で肩を竦める。
『
二隻の巡航艦は互いにまだ射程圏外で、紫電の閃光はフェニックス・キャプチャーへは届かない。だがその牽制の一発に怯む様子もなく、フェニックス・キャプチャーは進行速度を緩めようとはしなかった。
加速したその横っ腹から出てきた
『……ッ、
ギルバートはレーダーを見る。応援に向かわせた第二編隊が戻ってくる気配はなかった。赤に塗り替えられたマーカーに応戦するため速度を緩める。追随していたヘイデン機が、その動きに対応しきれずにギルバートの前に飛び出した。近距離無線へ向けて怒鳴りつける。
『ヘイデン、後から来い!』
「嫌です、何のための僚機ですか! 5秒だけ待ってください!」
その声から怯えは消えていなかったが、年若いフライトバディはそう即答した。ギルバートの表情が僅かに緩む。
『さっきはすんません。——戦えます』
「無理しなくていい。
『そりゃねぇっすよギルバートさん。俺だってエースの称号欲しいっス』
「はッ、そんだけ吹かせりゃ上等だ! 来るぞ!」
前方から猛スピードで近づいてくる
「上手いぞヘイデ……」
すれ違う。かつてアヴィオンだったそれと。肉から突き出したその尾翼に刻まれたエンブレムが視界を擦る。牙を剥く黒い犬の紋章。
『は……? あれ、ギルバートさん……の……』
酷く困惑したヘイデンの声が鼓膜を撫でる。心臓がどくんと一つ大きく跳ね、頭のてっぺんからすうっと冷気が降りてきた。
「下がってろ」
爪先まで落ちてきた冷気は、その声にも霜を降ろす。速度を緩めて、反転。
(早ぇな。あっちも補給が機能してるせいか、ピンピンしてやがる)
アザトゥス本来の推進力にアヴィオンの推進が上乗せされた
「よう、奇遇だな。まだ前線に残ってるやつがいるとは思わんかったぜ」
食堂ですれ違った時のように穏やかな声で、ギルバートは呼びかける。
メインチャンネルに、ねちゃねちゃぐちゃぐちゃと湿った水音が響く。ざらつくノイズと粘着質な音に混ざって、微かな声がした。
『ギル……バ……』
ロックオン警告が鳴り響く。ギルバートは薄く笑って、機体をぐるりと横回転させた。紫電の閃光がその横顔を照らしながら宇宙の向こうへ溶けていく。
「通信越しでよく俺だと分かったなぁ。こんだけ耳のいいヤツは……チャックか? いやでもあいつはもうちょっとカワイイ声してるよな。分かった、ユルゲンおめーだな」
『帰ラな……ゲ、れば……』
「どこに帰る。俺らの家は戦場だぜ。帰るとこなんざありゃしねぇよ」
光線を撃ち合う。すれ違う。良く晴れた秋の日の、無数に枝を離れる木の葉のように絡み合って、二匹の犬は戦場の底へと落ちていく。
「なぁユルゲン。ユルゲンじゃねーかもしれんがよ」
『排、除……』
再び紫電の輝きが腹を掠めた。それを避けざまに躊躇いなく放たれたレーザーが、尾翼ごと黒い犬のエンブレムを吹き飛ばす。
「おっと、すまん。アイデンティティがなくなっちまったな」
陽電子砲をチャージする。円形ゲージがコバルトブルーで満たされていく。
「なぁ、しんどいよな。安心しろ、ちゃんと殺してやる」
粘つきひび割れた声は答えない。陽電子砲を撃ち尽くして、真っ直ぐに逃げるその背にぴたりと狙いをつけて、ギルバートはまた笑った。
「どうせ
解き放たれた紫電の閃光が、
息を大きく吸い込んだ。高機動戦闘でひしゃげた肺にめいいっぱい酸素を送り込み、ゆっくりと吐き出す。HUDを操作し、メインチャンネルの通信を切断し――
『ギルバートさん、そっちは駄目だ――――!』
ヘイデンの悲痛な叫びと共に、視界が真っ白に塗りつぶされた。
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