第3話 雛鳥たちは殻の中 ②
「……ごめん」
「いってて……。はは、あんまり気にしないで、ユリア」
「ごめん……」
「……うん。ユリウスには、ちょっとだけ反省して欲しいかな」
「ごめんなさい……」
座り込んだまま立てなくなったユウの前で、プラチナブロンドの頭がふたつ、水飲み鳥のように上下している。言うまでもなく、ユリアとユリウスだ。ユウは蹴られた横っ腹を押さえたまま、苦笑いしてそれを眺めている。整備の男は既に「じゃ、じゃあ俺まだ作業残ってるんで!」と言い残して去ってしまっていた。ここにいては命が幾つあっても足りないと判断したらしい。
「ユリウス、その様子じゃ肋骨何本かイってるんだろ? 駄目だよユリア、きっと悪いのはユリウスなんだろうけどこの状態で蹴ったら内臓に刺さっちゃうかも」
「言われてみればそうかも。ありがとね、ユウ」
そう言って眉を下げたユウに同意して、ユリアは肩をすくめる。その奥で「そう言われてみればって……」と青褪めた顔をさらに青くしてユリウスが呟いた。
「そんなことよりユリア、君も怪我してるんだろ? ちょっと右足、かばってるみたいだけど」
「相変わらず察しがいいなあ。まあちょっとぶつけた程度よ、大丈夫大丈夫」
「そんな事言わずに医務室行きなさい。自己診断は駄目だぞ、ちゃんとマリーさんに診てもらわなきゃ」
ちょっと怖い顔になったユウに向かって「はぁい」と苦笑したユリアだったが、
「いや、ユウこそ医務室でしょ?顔がだいぶ怖い事になってるわよ、血だらけじゃないの」
「俺はもともとそのつもり。医務室に行く予定だったんだけどね、通り道だったから寄ったんだ」
ユウとシエロが着艦したのは、艦の居住区画から一番遠い帰艦口に続く格納庫だった。
この巡航艦フェニックスは、帰艦口と格納庫が無数に分かれて、居住、整備研究区画を囲うように配置されている。アヴィオンは通常、同機種
また、現在フェニックスは満載ではないので、前方の格納庫にはいくらか空きがある。これは、前方のほうが攻撃を受けやすいためで、基本的に格納庫は後方から埋めていくのがセオリーだ。もちろんシエロの搭載は想定されていなかったので、その前方の空いた格納庫への着艦を指示されていた。
つまりユウのいた格納庫から見ると、ちょうどユリア・ユリウスのヘイムダルの戻ってくる格納庫が通り道だったわけだ。ユウはコンラートを襲っていたアザトゥスを撃破した後、戻ってくる艦隊の中に派手にレドームの壊れたヘイムダルの姿を見ている。どうせ医務室に行くなら少し様子を見ていこうと立ち寄ったヘイムダルの格納庫で事に遭遇したのだった。
「覗いたらなんかいつものパターンな気がしてさ。どうみてもユリウス怪我してるし、咄嗟にね……いっ痛」
「とりあえず医務室いこう。みんな行かなきゃマズそうね。…ユウ、立てる?肩貸そうか」
身じろぎしようとして小さく呻いたユウに、ユリアが心配そうな表情で提案する。
「うん、貸してもらえるとー……ッ!?」
そのありがたい申し出に頷きかけた時、ユウの背中を悪寒が駆け抜けた。冷や汗が伝う背中に突き刺さる視線と、耳に突き刺さる歯ぎしりの音。もちろん発生源はユリウスだ。
ユリアに気付かれないようにそうっと目線だけで背後を伺う。案の定鬼のような形相で睨んでくるユリウスを見て、ユウは大きなため息を吐き出した。
「ありがとうユリア、でも怪我してる君の肩なんて借りたらそこのシスコンに殺されかねないから遠慮しとく」
苦笑交じりにそう返事をし、ユウはバングルのコンソールを起動させた。ホロキーボードを叩きながらユリウスを振り返る。ホッとした表情で脇腹を押さえているユリウスの顔がかなり青褪めているのを見て取って、ユウは小さく肩をすくめた。
「ユリウスもそのままじゃ辛いだろ。ちょうどRAMを一台割り当てて貰ってることだし、そいつの世話になろうか」
「悪いね、頼む。こっから医務室まで歩くのは正直キツそうだから助かるよ」
「ホント、そんな状態でコックピットから飛び降りないでよね兄さん……」
ユリアが呆れた声でこぼしたその言葉に、ユウは思わず目を剥いた。
「コックピットから飛び降りたの? その怪我で?」
「いやぁ、医療用ナノマシンも入れてるし、大丈夫かなって?」
てへっ、と可愛く首をすくめて見せたユリウスをちょっぴり殴り倒したい衝動に駆られたが、その感情はぐっと飲み込む。ユリアの気持ちが少し理解できた気がした。
「そのナノマシンは骨折用じゃないからな? むしろ痛覚の抑制作用があるから自分が思ってるより危ない時あるんだぞ、骨折とかの場合は」
「……そうだっけ?」
こういった情報は初期訓練段階の座学で開示されているはずだが、どうせ座学はいつも居眠りでもしていたのだろう。ちなみにパイロット用にチューニングされたナノマシンは
「さて。その様子じゃちょっと痛むだろうけど、大事な妹に力仕事させたくなかったら一緒に立とうユリウス。もうRAMがくるから」
「ん」
差し出した手を取ってくれたユリウスと、互いにすがりつくようにして立ち上がる。力をぐっとこめた際に傷が痛み、二人は思わず顔をしかめた。ユリアが心配そうにこちらを伺っているのは分かっていたが、ここは兄と男の意地の見せ所なので見ないフリをして堪える。
そんなバカ二人に苦笑して、ユリアはふと思い出したように首をかしげた。
「てかユウ、今更なんだけどRAMって何だっけ?」
「
「へ? ……のぅわ!?」
突然パイロットスーツの尻をつつかれて、ユリアが年頃の女性らしからぬ悲鳴を上げる。慌てて振り返ると、巨大な乾電池を横倒しにして上面を平らにし、そこに脚を生やしたようなフォルムのロボットが緑のLEDをチカチカと瞬かせてたたずんでいた。ユウが「やぁ、02」と微笑んで手を振ると、にぎやかな電子音を発しながら側面から伸びたマニュピレータをぶんぶんと振り返してくる。どうやらさっきユリアの尻をつついたのは、このマニュピレータだったらしい。
「あら、可愛い」
ユリアが思わずといった風に微笑み、挨拶を終えてゆらゆらと穏やかに揺れているマニュピレータを指先でそっとつまむ。すると、RAM-02はまるで驚いたかのように高い電子音を発し、チカチカと瞬いていた緑のLEDを消すとさっと赤いLEDを点灯させた。その一連の反応にユリアも驚き、慌ててマニュピレータから手を離す。
「え、何このコ怒ったの!? ごめんね?」
「違う違う。照れてるんだ、それ」
くすくすと笑いながらユウはRAM-02にゆっくりと歩み寄る。RAMはくるりと向きを変えると、(どうやらLEDが並んでいる側面が正面らしい)点灯しているLEDの色を赤から青に変化させ、穏やかな電子音と共にユウにマニュピレータを差し出した。そのマニュピレータを腰に添えさせながら脚を畳んで姿勢を低くしたRAMの上面にまずユリウスを座らせ、自分も隣にゆっくりと腰を下ろす。
「02、いけるかい? ちょっと重量オーバーかな」
柔らかな青に淡く点滅するLEDの近辺を人差し指でつつきながらそう尋ねると、賑やかな電子音で応えたRAM-02は畳んだ脚の裏側からガシャコン、とタイヤを出し、立ったまま見ていたユリアの周りを滑らかにぐるりと1周、回って見せた。それから自慢するかのようにユリアのほうにLEDを向けると、ユリウスの腰に回したマニュピレータの先をぶんぶんと振り回した。その先端がびたんびたん、とユリウスの背中を叩くのを見て、ユリアは思わず吹き出す。
「大丈夫だって言ってるみたい。可愛いわね」
うん、とユウが弟でも褒められたかのような表情で微笑んだ。その向こうで、相変わらず背中をびたんびたんやられているユリウスが「こいつ……補助ユニットの分際で妹に色目使うとは……」と薄暗い目をして呟いた。そんな友人の姿に表情を微苦笑へと変えながら、ユウが「じゃあ頼むよ、02」とRAM-02に声を掛けると、賑やかな電子音と共に銀色のボディが緩やかに滑り出す。
「行こうユリア、女の子を差し置いて申し訳ない状態になってるけど」
そう言って眉を下げたユウを載せたRAM-02に並びながら、ユリアは「馬鹿ね」と言ってくすりと笑った。
「怪我人優先に決まってるでしょ。悪いと思うならさっさと治して、それから存分にレディファーストして頂戴」
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