資料2
坂下地区
この辺は山に囲まれとるでな、ありがたいことに空襲の被害は少なかったんよ。まあ、元々この辺住んどる奴は少ねェし、そのくせ
え?疎開に来た人がおったやろって?いやァ、そンな人はおらんかったなァ。ああいうのは大概、親類縁者のおる田舎に疎開したんやろ?縁故疎開ッちゅうンか。でもなァ、この辺は昔ッから坂下ン中で嫁取って死ぬまで外に出んのが普通やったもんで、外に縁者がおる家ァ無かった。集団疎開するにも中途半端やし。名古屋からも東京からも微妙に遠いしな。そんなやから、戦中はとにかく人がおらんかった。やから、敵さんもこんなとこ爆撃しても意味ない思うたんやろ。被害は少なかった。
あの日のことは今でも、
三軒隣なンて言うても、隣の家まで十町離れとるような村やもんで、山下のバァさんち行くまで三十分強かかる。しかも途中に沢があるもんで、流れの緩いとこまで大回りしんとかんと思うと、一時間かかることもあった。流石にそんなに悠長なことァできんで、流れは速いがまあ渡れねェこたァないやろうって辺りで沢に下りた。
前の日の大雨のせいで、水は濁っとるし、渡れるとは思うが流れは普段よりずッと速いもんで。下りたァいいが、
沢のこっち側は道から沢が見えるくらい開けとるんやけど、向こう側は岸のすぐ後ろンとこが雑木林になっとる。やから、山下のバァさんちに行こう思うたら、雑木林をかき分けて開けたとこまで出んとかん。ああ、厭だなァ。地面はぬかるんどるし、虫は多そうやし、濡れた葉っぱをかき分けて進まなかんと思うたら、急に億劫になってきた。やっぱり大回りしてでも、もっと流れの緩いとこまで行くかな、否、今更上の道まで上がるンも面倒やな…
そンなことをぐるぐるぐるぐる考えとったときや。雑木林の隙間からチラッと白いもんが動いたンが見えた。何だありゃァ?鷺か
ああ、見ちゃァ駄目なもんやったのに。
そう、思った。
次に気がついた時には、山下のバァさんちの前やった。信さん大丈夫かァ!どうした?ッて、ヤエさんの様子見に来たお隣の辻堂さんが、
どうやってそこまでたどり着いたんかは、全く覚えとらん。
ソレを見た証拠になるようなもんも何にもない。やから、夢や言われても否定できんのや。
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