第一章 12

「おれは、見えてないなんてひとこともいってないぞ。アカネがどうたったかは、知らないけどな。確かにあの動画には、へんなものが映っていた。ただそれだけだ」

 べつに隠すほどのことでもない。まして、嘘をつく理由もなかった。

「ヤハリ、ミエテいたんデスネ」

 途端にケンゾーは顔を暗くした。いったいどうしたのだろう。

「なあ、ケンゾーはなにか知っているのか?まさか、本当に幽霊や悪魔の仕業なんていわないよな。それとも、あの動画の大男と知り合いとか?」

 ケンゾーは静かに首を横に振った。

「キニナッテ、すこしシラベテみまシタ」

 ケンゾーが、クリオネの赤い臓器に触れるように、水槽のガラスに人差し指をつけた。

「調べたったて?なにをどう調べたんだ?」

 コウヤの問いに応えることなく、ケンゾーはなにかを考えるように黙りこむ。

 だが、水槽から指を離したケンゾーは、意を決したように再び口をを開いた。

 そのとき、コウヤは初めてこのアメリカ人の素顔を見た気がした。

「あのふたりには、もう関わらないほうかいい。嫌な予感がするんだ」

 突然の流暢りゅうちょうな日本語に、思わず呆気にとられる。

「急にどうしたんだよ。それにその日本語、随分と上手くなったじゃないか」

 ケンゾーは、コウヤの言葉を無視して続けた。

「信じて欲しい。このままだと、きっと後悔することになる」

 冗談ではないことは、十分に理解できた。なにかを真剣に訴える人間の目には、不思議な説得力がある。

 だが、いまいち話の要領を得ない。

「ふたりって、それはアカネとユイのことか?あのふたりとなにかあったのか?」

 ケンゾーは、また押し黙ってしまった。

「黙ってちゃわからないだろ。いいづらい話なのか?」

 コウヤが問いかけると、ケンゾーはもとの口調に戻っていった。

「ナンデモアりません。ボクノカンチガイかもシレナい。イマノはワスレテくだサイ」

 そんなことをいわれて、気にしないやつはいない。だが、ケンゾーはその場を離れ、歩きだしてしまった。

 そしてこの日、が訪れた。

 

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