第一章 11

 コウヤが動画を見終わると同時に、ユイがファミレスに入ってきた。

 コウヤの隣に腰をおろすユイに、ショウが話しかける。

「なあ、ユイ。おまえもこれ見てみろよ」

 スマホの画面をユイに向けながら、ショウは動画の内容を面白おかしく説明する。

 しかしユイは、動画のサムネイルを一瞥いちべつしただけで、それ以上まったく興味を示さなかった。

「なにこれ、アホくさ。私、アカネたちが来るまで学校の課題やってる。最近やたら多いんだよね。やりたい役は他のやつにとられちゃうしさー」

 そういって、ふてくされながら薄い紙の束を取りだしてペラペラとめくった。声優の学校もたいへんだ。台本に何度も目をお通し、キャラクターを自分のなかに落としこみ、声だけでそれを表現しなければならない。感情表現豊かなユイにはぴったりな気がするが、プロになれるのは百人に一人。さらにそこから声優だけで食っていけるのは、ほんのひと握りという厳しい世界らしい。

「あーあ。なんでいっつも悪役ばっかやんなきゃいけないのよ。たまにはおっとりかわいい系の、ヒロイン的な役はないわけ」

「それはねえな。ミスキャストすぎ」

 ショウのつっこみに、ユイが鋭いにらみを効かせる。

「ん?なんかいった?」

「いえ、なんでもありません……」

 さすが声優志望。声色が素人ではない。女極道のような威圧感。

「次、余計なセリフを吐いたらコロス」

 さらに底冷えするような冷酷さが、声に加算された。

「は、はい。すみません……」

「いや、いまのは台本だから」

 そういって、ユイは台本を見ながらぶつぶつとセリフを読みあげていく。コウヤとショウは互いに苦笑いをうかべた。

 そりゃあ悪役が多いはずだ。


 しばらくすると、アカネとケンゾーが遅れてやってきた。

 当然、ショウはふたりにも動画を見せる。ユイに相手にされなかったせいもあるのだろう。ショウは余計な説明は省いて、とりあえず見てくれと、ふたりにスマホの画面を向けた。コウヤはその光景を、ただ黙って眺めていた。

「えー、なになに?なんの動画?」

 きらきらした眼差しで画面をのぞきこんだアカネの表情が、ぷつりと消えた。

 不意を突かれた。めすらしくそんな感じの顔だった。一方、ケンゾーは眉ひとつ動かさず、一部始終を確認している。

「アカネ、どうだ?なにか見えるか?」

 ショウがそう聞いたとき、アカネはすでにいつものアカネに戻っていた。凛とした空気を全身に纏っている。そして常になにかを演じている。コウヤは最近アカネを見るたびに、そう感じていた。

 アニメのキャラクターを演じるユイに対し、アカネはアカネ自身を演じている。そんな感じだ。

 それはアカネの隣にいるアメリカ人にも同じことがいえた。


「うーん。私にはよくわかんないな。ケンゾーくんは?なにか見えた?」

 ケンゾーは手の平をうえにして応える。

「ボクもナニもミエナカッタ」

 アカネを見ながらにっこりと笑みを浮かべる。ふたりの間に奇妙な沈黙があった。

「なーんだ。つまんねえな。誰かひとりくらい見えると思ったんだけどな」

 ショウが残念そうに、スマホをジーンズのポケットにしまった。

「ねえ、そんなくっだらない動画ばっか見てないで、早くみんなでカラオケいこうよ」

 ユイがふくれた顔で、コウヤの腕をつかむ。

「くだらないとはなんだ。最近池袋で噂になってる不審死の動画だぞ。おれたちにも関係あるかもだろうが。おまえもちゃんと見とけよ」

 さっきまで、自分もただのフェイク動画といっていたくせに。ショウがこりずにユイに絡む。相変わらず仲がいい。

「ハァ?なにがどう関係あんの。ほんとバカじゃない」

「バカはおまえだ。もし、このデカい男が近くにいても、絶対教えてやんねーぞ。そのときになって泣いても遅いからな」

 ショウの言葉に、ユイは負けじと口をとがらせながら応戦する。

「別にアンタみたいなヘタレに助けてもらいたくないし。私はコウちゃんに助けてもらうからいーもん」

「あーそーかよ。勝手にしろ」


 結局このとき、ユイだけが動画を見ることはなかった。

 ユイなら面白がって食いついてもよさそうなものなのに。コウヤは心のなかで感じたほんの少しの違和感を、その場で口にすることはなかった。

 何故、自分だけが見えてしまったのか。そして何故、そのことを黙っているのか。自分のことで頭がいっぱいだったのかもしれない。背中には冷たいものを感じる。

 だからどうということもないのだが、胸のうちにじわじわと広がる動揺は拭いきれなかった。アカネとケンゾーの様子もなんだかおかしい。

 だがこの日、この話がそれ以上広がることはなかった。

 コウヤたちはファミレスをでて、いきつけのカラオケボックスに入ると、翌朝まで声が枯れるまで飲んで歌った。みんなやけにハイだった(もちろん変なクスリなんかやってない)。夜が明けて、始発で解散する頃には、気味の悪い動画のことなんてすっかり忘れていた。




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