第一章 10

 最近、池袋にはおかしな噂が流れていた。

 なんでも心霊、悪霊、呪いの類い。一部の人間にしか見えなくて、そいつに狙われた人間は魂を抜き取られ死にいたる。そんなカビの生えたような都市伝説。

 いつの時代にもこの手の話は絶えないらしい。

 今回の都市伝説の姿には、あるひとつの特徴があった。それは、頭から黒い影のように伸びる二本の角。

 ことの始まりは、春先に池袋で発生した奇妙な死。

 コウヤはそれを、スマホのネットニュースで知った。記事の見出しには、【池袋で相次ぐ不審死】と書かれていた。


 その記事によると、死亡した人間に健康上の問題はなく、街頭で突然意識を失い倒れたあと、搬送先の病院で死亡が確認たそうだ。そんな事例がここ数カ月で十件以上も続いているらしい。検死の結果、薬物反応もなし。未知の細菌やウイルスの可能性も含めて、目下原因を追及中とのことだった。

 ほどなくして、テレビでも同じような報道がされ始めたが、すでにそのとき、SNS上ではある動画が拡散されていた。


 その動画が撮影されたのは、夕暮れのグリーン大通りの交差点。

 東京副都心の夕空と、オレンジ色に照らされた信号待をする人々の背中が映し出されていた。帰宅時間でかなりの人混み。

 コウヤたちはその動画を、東口駅前のファミレスのなかで見ていた。暇つぶしにはもってこいの動画鑑賞。

 今回ネタを持ってきたのはショウだった。


 動画が再生されて数秒後、画面のなかで突然ひとりのサラリーマンが、糸の切れた人形のように交差点の石畳に崩れ落ちた。

 近頃は電車のホームや、高層ビルの屋上からダイブする自殺動画が平気で拡散される世のなかだから、この程度の内容であれば正直たいしたことはない。

 問題だったのは、倒れたサラリーマンの背後に映る、ひとりの男のうしろ姿にあった。


『なに、あれ?』

『おい、ひと倒れたぞ』

『え?マジ?どこどこ?』

『いや、あれなんか変じゃない?』

『は?なんのことだよ。てか救急車、早く誰か呼べよ』

『いや、あそこ!ほら!頭からなんか出てない?』

『は?なにいってんの、お前』

『ほら、そこだって。あのバカでかいひと』


 若い撮影者たちの声と、揺れる画面。

 信号が青に変わると、その男は歩きだした。

 アメフト選手のような身長と屈強そうな広い背中。画面越しにでもわかるほど、まわりと明らかな体格差がある。黒いパーカーのフードを被っているので、顔はまったくわからなかった。

 男の姿は、そのままゆっくりと人混みにまぎれ消えていく。動画はそこで終わっていた。


「なあ、コウヤはなにか見えたか?やっぱりただのフェイク動画だよな」

 アイスコーヒーのストローをくわえながら、ショウがいった。

 コウヤは黙ったまま、もう一度動画を再生する。そこには確かに、異様なものが映っていた。

 フードを被った男の頭部から、黒い影のようなものが二本伸びている。コウヤにはそれがはっきりと見えていた。

 少しの知識と技術さえあれば、この程度のフェイク動画を作るくらい、大した作業ではないだろう。ただ、一部の人間にだけ見えるような動画となると、簡単にはいかないはずだ。

 動画のコメント欄には、なにも見えないという者と、見えるという者の間で、不毛な言い争いが延々と続いていた。

 そうして新手のフェイク動画は、瞬く間に再生回数を伸ばしていった。


 〉池袋に悪魔が住みついた。


 無数にあるコメントなかのひとつが、やけにコウヤの気にとまった。

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