第一章 6
「外国のおにいさん、嫌がってるのがわかんねえのか。さっさとそのスマホをしまってどっかいけ」
驚いたことに、ショウが外国人の肩をうしろから勢いよく掴んでいた。
そのまま肩の服を引っ張って、外国人を立ちあがらせる。
コウヤは唖然としてその光景を見つめていた。ショウはドヤ顔で、ふたりのレイヤーに視線をおくる。なるほど、そういうことか。
しかし、ショウの顔はすぐに青ざめていた。立ちあがった外国人が、ショウをうえから黙って見下ろす。恐ろしく端正な顔立ち。天然の灰がかった瞳には、感情が読み取れない不思議な迫力があった。
ショウは完全に怯んでいたが、引くに引けない様子だった。ナンパのために満を持してトラブルに手を突っこんだのだ。少しばかり相手が悪いからといって、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
そんな事情を知ってか知らずか、イケメンの外国人はショウに顔を近づける。
「テをハナシテくダサイ」
ショウはなかなか手を放さなかった。いや、気圧されて手を放すのを忘れているのか。やれやれ。
しかたなく、コウヤはふたりのあいだに割って入った。
「ショウ、そこまでだ。先に手を出したおまえが悪いぞ」
ようやくショウが掴んだ服から手を放した。やつのほうも、両手を広げて手のひらをうえに向けている。
「アンタもやりすぎだ。ちゃんとあの娘たちに許可をとってるのか?」
「そうだ!さっきの動画、いまここでぜんぶ消せよな」
ショウはまだ息巻いている。一方、イケメン外国人は余裕の笑みを浮かべていた。
「あのぅ……」
ばつの悪そうな、ちいさい声だった。猫目の女だ。
「そのひと、私たちのトモダチなんですけど」
いっきに場の空気がしらけていくのがわかった。まだうしろにいた女ヴィランが、呆れた顔でコウヤの胸を一発こずいて離れていく。
それが三人とのまぬけな出会いだった。
その日から、なぜかコウヤたちは五人でよく遊ぶようになった。ショウがお詫びにと、三人をカフェに誘ったのだ。切り替えが早く、抜け目のない行動に心底感心させられる。
サンシャインシティのスタバに入り、しばらくして、テーブルに五つのアイスコーヒーが並んだ。もちろん全部ショウのおごり。そこからあらためて、自己紹介が始まった。
イケメン外国人のケンゾー・ミラー(名前もなんだかカッコいい)は、アメリカから来た留学生。背の高い女はアカネ。ふたりは同じ池袋にある有名大学へ通う学生だった。猫目のほうはユイ。同じく池袋にある声優の専門学校へ通っていた。アカネとユイは地元が同じで、中学からの親友らしい。
それぞれの自己紹介のあいだ、ショウはアカネのほうをまじまじと見つめていた。コスプレ姿のままカフェに入るわけにもいかないので、アカネとユイはイベント会場で着替えとメイク直しをすませていた。
ピンクのカツラを外したアカネの髪は、きれいな黒髪だった。あらためて見ると、スタイルだけでなく、顔のほうもかなりの美人さんだ。自然な化粧をした顔は、さっきとはまるで別人の雰囲気。顔のパーツがシンメトリーに整い過ぎていて、どこか冷たさを感じさせるほとだった。
はっきりいって、ショウには厳しい相手だろう。どう考えても、ケンゾーとのほうがお似合いだ。ただ、ケンゾーはアカネともユイとも、つきあってはいないらしい。日本の漫画やアニメに夢中で、彼女をつくっている暇などないとユイがいっていた。
アカネのほうも彼氏はいないとのことだった。それでショウのスイッチが入ってしまった。ショウは、それからなにかと理由をつけてみんなを集めた(ショウはケンゾーのことを外したがっていたが、ケンゾーは、ふたりの姫を守るナイトのように必ず横についてきた)。こうしてコウヤたちは仲間になった。
季節がいくつか巡れば、自然とばらばらになっていくひとときの仲間。
このときコウヤは、そんなふうにしか思っていなかった。だが、実際の別れは予想よりもずっと早く、ある日突然おとずれた。
想像もしていなかった、残酷なかたちで。
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