第一章 7

 コウヤがサンシャイン60に到着したのは十五時少しまえ。

 集合場所のサンシャイン水族館のゲートにたどり着くと、ショウの元気な怒鳴り声が聞こえてきた。

「なんでおまえがいるんだよ!呼んでもねえのに来るんじゃねーよ」

 こいつはこんなところで、いったいなにを騒いでるんだ。だか、おおよその察しはついてた。

 興奮するショウの肩をたたき、声をかける。

「ショウ。迷惑だから、こんなとこで騒ぐな」

「おせーよコウヤ。これが騒がずにいられねえだろ。こいつが……」

 ショウが指さした先には、ケンゾーが困ったように笑みをうかべていた。

「ショウタロウさん、おちついてクダサイ。二ホンのスイゾクカン、ボクはじめてデス。ボクモなかまにイレテクダサイ」

 なかなか上達が見られないカタコトの日本語。頭上の顔を見あげながら、ショウがまた吠える。

「うるせー!タロウをつけるんじゃねえ。ショウでいいんだよ、ショウで!」

 ショウは昔から、自身の名前を心底嫌っていた。田中翔太朗から翔の字をとると、田中太郎。一文字抜けるだけで、役所の記入見本のような名前になってしまう。それで周りからよくからかわれたそうだ。

「ゴメンナサイ。それならボクのコトモ、オマエではナク、ちゃんとケンゾーとよんでクダサイ」

 きれいなブロンドの髪に、灰がかった瞳。おまけに外国人特有の掘りの深い顔立ち。周囲の女性たちの視線が、ケンゾーに向けられているのがわかる。売り出し中の若手ハリウッドスターが、お忍びで観光にでも来てるみたい。そりゃあ、ショウの気持ちもわからなくもない。

「ゴメンね。ケンゾーくんがどうしても来たいっていうから、つれてきちゃった」

 ケンゾーのうしろで手を合わせながら、アカネが顔をのぞかせた。その横にはユイも一緒にいる。

「いーじゃんべつに、ケンゾーがいたって。みんなでいったほうが楽しいでしょ。嫌ならショウだけ帰れば?」

「なんでおれが帰んないといけねえんだよ。ユイはケンゾーに甘いんだよ。こいつがいると、ただの観光案内になっちまうだろ」

「いーじゃん、ただの観光案内でも。それでなにか問題あるわけ?」

 ぐっ……、とショウは言葉に詰まった。ユイがさらにたたみかける。

「下心みえみえ。どーせ頭のなか、ヤラシイことでいっぱいなんでしょ」

 ユイのいう通り。なのだが、それを自分が認めてしまうわけにもいかないだろう。

「そんなわけねえだろ!おれはただ、みんなで夏の思い出を……」

「ヤラシイコトってドウいういみデスカ?」

「うるせー。おまえは黙ってろ!」

 三人のやりとりを見てアカネは笑っていた。それを見てコウヤも笑った。

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