第一章 4

 コウヤが三人と初めて会ったのは、日射しの強いゴールデンウィークの初日だった。

 その日は雲のうえの神様が、季節のグラデーションを無視して、いきなり真夏日にすっとばしたような狂った天気だった。

 駅の東口から、池袋のランドマークのひとつ『サンシャインシティ』を繋ぐサンシャイン60通りには、突然の衣替えを余儀なくされた人たちでごった返していた。その人混みのなかを、コウヤはショウとふたりで、ぶらぶらと歩いていた。

 ビルの隙間に充満した熱気が、地面から跳ね返って、じりじりとすり減ったスニーカーのソールを焦がす。コウヤの額からは汗が流れ落ち、まえを歩くショウのTシャツの背中も、汗でべったりと滲んでいた。

「なあ、今日はもう帰らないか?この暑さじゃ、歩くだけで干からびそうだ」

「まあ、そういうなって。せっかくのゴールデンウィークなんだ。どっかにいい女がころがってるかもしれないだろ」

 ショウはそういって、目をぎらつかせながらあたりを物色している。

 とにかくバカで頭の軽い女、胸がデカけりゃなおよし。そんな感じで手当たりしだいに声をかける。


 空振り続きのショウのナンパを眺めながら、コウヤはうしろをついていった。そのまましばらく進んでいると、前方の大型家具屋が入ったビルのまえあたりで、怪しげな人だかりが目についた。

「コウヤ、あれ見てみろ」

 ショウが指さした先には、カラーコンタクトに不自然な色の髪の毛、どぎついメイクに個性的な衣装。この街の文化カルチャー、コスプレだ。

 なにかのイベントなのだろう(この街は定期的なプチハロウィン状態。土日になると、サンシャイン通りでよくレイヤーを見かける)。今日はいつにも増してその数が多かった。異世界から飛びでたアニメやゲームのキャラクターたちは、思い思いに趣向を凝らした格好で、自身の承認欲求を満たしている。

(まさか、レイヤーに声をかけないよな?)

 たしかにきわどいコスチュームをした女たちもいるが、とてもショウのナンパに引っかかるようには見えない。

 いちばん近くにいたアメコミのヴィランの格好をした女が、なにかを察知したのか、こちらを睨んできた。目にほどこされた濃いアイシャドーと、バサバサと音が鳴りそうなまつ毛のエクステのおかげで迫力は満点。ウエストで切り落とされたトップスのしたに、たっぷりと脂肪のついた腹がでているのがすこし残念だった。

 写真を撮られるのはよくても、ナンパは御法度なのだろう。小太りの女ヴィランは顎をしゃくり、胸のしたで腕を組んで、招かれざる男たちの撤退を促す。心配しなくてもあんたに声はかけないよ、などとはいえない。

 コウヤは愛想笑いを浮かべて、その場を離れようとした。

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